浸透させたかった「広義のデザインプロセス」「未来起点」「顧客起点」とは
栗原:パナソニックに入社されて、本格的に取り組んだことは何でしょうか。
池田:最初に取り組んだのがADR(Advanced Design Review)とう経営者と対話をする場の設計でした。それまでデザイン組織内で年に1回クローズドに実施していた先行提案のデザインレビューを、役員や事業部のメンバーに開いて年4回実施することにしました。
そのなかでの提案方法にこだわりました。従来は、1年間かけて練りに練ったほぼ完成形のアイデアを提案していたところを、「インサイト」や「兆し」といった「途中段階」のアイデアをプレゼンしてもらうように変えました。

これにはデザインのプロセスを浸透させたいという意図がありました。当時は「気づく・考える・つくる・伝える」のフレームワークが組織内に十分に浸透しておらず、デザインとは「つくる」であるという理解が主流でした。だからこそ、先行提案をするにしても、「つくる」を担うデザイン組織だけに活動が閉じてしまっていたのだと思います。
しかし、本来のデザインのプロセスとは、事業部や技術者なども交えながら、社会や生活者の変化を捉え、新たなアイデアを生み出し、具現化していく過程を指します。これを理解してもらうためには、部門や職能の壁を取り払って、開かれた場所でデザインを批評する場を設ける必要がありました。
栗原:ADRを実施することで、「気づく・考える・つくる・伝える」というデザインの基礎的なフレームワークの浸透を狙ったわけですね。
池田:ADRは広義のデザインに対する理解を促進するうえで非常に重要な役割を担ったと思います。「VISION UX」や「360UX」といったフレームワークも、ADRを通じて広がったように思います。
VISION UXを一言で言えば「未来起点のデザイン」です。中長期の社会の未来を描き、そこから逆算して先行開発やブランド発信を行う活動を指します。従来のデザインは、中期経営計画に準拠していたため、想定する未来のレンジが3年程度のものが主流でした。中期経営計画の枠を超え、より中長期の未来にデザインの可能性を開くために、VISION UXを策定しました。このアプローチは現在ホールディングスで取り組んでいる「デザイン経営実践プロジェクト」に影響を及ぼしていると言えます。

一方で、360UXは「顧客起点のデザイン」を指します。お客様にとって、製品の使用はブランド体験における一部でしかありません。ブランドや製品を認知し、情報を収集して、手に取り、購入して、長きに渡って使い続ける。この一連のプロセスがお客様にとってのブランド体験であり、デザインもその360°全体を視野に入れる必要があります。よりお客様の視点に立ったデザインを行うための指針が360UXです。


栗原:VISION UXや360UXも、デザインへの理解の根本を問い直すようなコンセプトですね。
池田:「気づく・考える・つくる・伝える」で広義のデザインプロセス」を、VISION UXで「未来起点のアプローチ」を、360UXで「顧客起点のアプローチ」を。それぞれデザインの本来の形を浸透させるためのものでした。浸透のための仕掛けがADRですね。デザイン思考を経営に活かすには、広義のデザインの正しい理解を組織全体に開いていかなくてはいけません。その実現には、この3つの浸透が欠かせなかったと思います。