稼ぐ力を高めるだけでは企業価値は最大化しない

長谷川:上記図版の左側は「大手不動産企業5社の当期利益」であり、この10年で利益が4.1倍に成長したことを示しています。しかし、図版の右側が示すように大手不動産企業5社の株価は市場平均(東証株価指数、TOPIX)を大きく下回りつづけています。
栗原:この不動産業界のデータは衝撃的ですね。なぜこれほど利益が伸びているのに、株価は上がらなかったのでしょうか。
長谷川:それは、企業価値を構成する要素の「片方」しか市場に評価されていなかったからです。
不動産業界の例で言えば、各社が素晴らしい業績を上げて当期利益を4.1倍にまで成長させたのは事実です。しかし、市場はそれを「日本銀行の金融緩和を受けた不動産市況の好転」と捉え、企業の持続的な成長性や、市況が悪化した際の収益の安定性については懐疑的でした。その結果、 EPSが上がりつづけてもその持続性への疑惑はむしろ深まるばかりで、PER(期待値)が低下したため、株価は市場平均を大きく下回りつづけたのです。この「報われない思い」こそ、我々が解決すべき最大の課題だと考えています。
未来の企業価値から現在のアクションを規定する
栗原:その課題を解決するのが「IRX(Investor Relations Transformation)」ということですね。このモデルの核心についてお聞かせください。
木下:このモデルの核心は「バリュエーション(企業価値評価)から逆算した戦略」にあります。

まず、自社が市場からどう評価されるべきかというゴールを設定します。そして、そのゴールから逆算して、EPS(利益づくり※上記図版の右側下部)とPER(期待値づくり※上記図版の右側上部)の両面で、どのような戦略や施策が必要かを具体的に設計していくアプローチです。
従来のIRが過去の実績を報告するだけのものだったのに対し、IRXは未来の企業価値から現在のアクションを規定する、全く逆の発想です。
栗原:特にPER、つまり「期待値」を高める上で、クリエイティブの力はどのように機能するのでしょうか。
木下:投資家は、単なる数字の羅列だけでは企業の将来性を評価できません。その企業が持つ独自の強みや、なぜ競合が真似できないのかといった定性的な価値を、投資家が納得できるロジックと魅力的なビジュアル、つまり「伝わるストーリー」として届ける必要があります。
たとえば、スターバックスは単なる「カフェ」ではなく「サードプレイス」という価値を訴求することで高い評価を得ています。同様に、企業の本質的な価値を定義し、それを一貫したクリエイティブで表現することで初めて「この会社は将来性がある」という期待が醸成され、PERの向上に繋がるのです。ロードショーマテリアルの表紙一つとっても、事業内容を直感的に伝え、投資家の理解を促す重要なクリエイティブなのです。