なぜ今、CXが経営アジェンダなのか
セッションはまず、「なぜ今、顧客体験を重視するのか」という根本的な問いから始まった。事業ドメインもビジネスモデルも異なる両社だが、その理由は驚くほど共通していた。「既存の価値基準だけでは、もはや差別化が限界である」という強い危機感である。
LIXIL:差別化の源泉は「プロユーザーの“楽”」
LIXILの高橋氏は、プロユーザー(工務店やリフォームショップ、代理店など)向けのデジタルサービス立ち上げをけん引してきた経験から、CX重視の背景を「メーカー目線の顧客体験からの脱却」にあると語る。
BtoBビジネスにおいて、メーカーは「安い」「品質がいい」「かっこいい」といったプロダクト自体の機能的価値を追求しがちである。しかし、高橋氏は「競合他社も同じものを出してくる中で、価格勝負には限界がある」 と指摘する。
「『この会社と付き合うと仕事が楽になる』という点が、製品選定の基準になりつつあるのだなと感じることが増えました。結局は『楽か、面倒くさいか』が非常に多いように思います」(LIXIL・高橋氏)
特に、新築需要が頭打ちとなりリフォーム市場が主戦場となってからは、LIXILはエンドユーザーに最も近いリフォーム店や工務店といったプロユーザーに選ばれる必要があった。彼らにとっての「仕事が楽になる」体験、たとえば「LIXILを施工する方が他社より楽だ」 と感じていただくことこそが、LIXILの競争力に直結する。
高橋氏が率いる「UX Strategy & Design」部は、まさにこのプロユーザーの「見つける→選ぶ→提案する」という行動軸に沿ってデジタル体験を設計・運用し、データとクリエイティブで彼らとの接点を磨き上げることをミッションとしている。ミッションには、ブランドジャーニーの最適化によるプロユーザー支援や、ワンソースマルチユースの成功事例創出なども掲げられている。
グローバル企業でデジタルマーケティングとプラットフォーム構築に携わった後、2021年に中途入社でLIXILへ参画。プロユーザー向けの動画配信サービス「LIXIL-X」やデジタル商品検索サービス「プロダクトサーチ」を立ち上げ、24年4月にUX Strategy & Designを創設し40名を率いる。プロユーザーの業務効率化と情報取得を支援し、データ×クリエイティブ×AIでブランドジャーニーを深化させ、プロユーザーとの接点を磨き上げ、体験価値を高め、B2B競争力を高めている。成長をけん引し、企業変革を促し、価値創造へ挑戦。
MUFG:LTV経営へのシフトが「デザイン室」を生んだ
一方、MUFGの長谷川氏は、銀行員として法人営業や経営企画を長く経験し、2024年4月に新設されたカスタマーエクスペリエンス・デザイン室の室長を務める。長谷川氏によれば、MUFGがCXを重視する理由は、中期経営計画で「LTV(Life Time Value:顧客生涯価値)×基盤の拡大」を最重要KPIに掲げたことにある。
「従来は短期的な収益を重視していましたが、たとえば大学を卒業する22歳で口座を開設いただき、その方との取引を3年で収益化するのは難しいです。長く使っていただく中長期のビジネスが重要だと改めて思いました」(三菱UFJ銀行・長谷川氏)
銀行としては国内3,400万口座、MUFGとしては6,000万弱の個人取引という巨大な基盤を持っているが、全員がメインバンク、MUFGをメイン金融機関として利用しているわけではない。日本国民一人当たり4〜5口座を持つと言われる中、顧客は日常的に銀行や金融機関、さらには他社サービスと比較している。
「金融の世界において、金利や手数料、ポイントだけで差別化できるところはありません。なぜなら、一定の資本力があれば、すぐに同じような商品やサービス、キャンペーンを出すことは可能だからです」 と長谷川氏は断言する。他行との比較で選ばれつづける理由は「顧客体験、CXだと理解している」 と結論付けた。
MUFGでは、あたかも担当者がついているかのようなパーソナライズされた体験を個別に提供することを目指し、従来MUFGに存在しなかったCX/UXを専門に考える「デザイン室」が設立された。このデザイン室は、企画の上流から商品設計、チャネルへの落とし込みまで、顧客体験を軸に組織横断で参画する役割を担う。
2001年、三和銀行(現:三菱UFJ銀行)入行。本郷支店および営業本部にて法人営業を経験後、2008年、三菱UFJ証券(現:三菱UFJモルガン・スタンレー証券)にてM&Aアドバイザリー業務に従事。2020年より経営企画部購買戦略室統制Gr次長、経営企画部会長行室次長、デジタルサービス企画部企画Gr次長を経て、2024年より現職。
