AI時代に陳腐化しない「キャリアポートフォリオ」と内なる多様性
栗原:これからの時代のキャリアの在り方として「キャリアポートフォリオ」を提唱されていますね。
原田:はい。企業と個人の関係が1対1だった時代から、個人がリソース(時間や能力)の配分を考える時代になっていくと考えています。だからと言って、フリーランスになるということではありません。たとえば「本業で7割の安定を担保し、残りの3割をスタートアップや地域活動に配分する」という働き方を、多くのビジネスパーソンのスタンダードにしていくべきではないか、というものです。
本業が安定しているからこそ、専門スキルでお金をもらうだけでなく、「自己成長のために、勉強としてこの領域に時間を配分する」といった組み方も可能になり、キャリアの広げ方として非常に有効です。
栗原:では、AIが台頭する時代に、陳腐化しないスキルやキャリアとは何だとお考えですか。
原田:ロジカルに説明できるスキルは、AIが学習しやすく陳腐化しやすいでしょう。むしろ、本人も「なぜ自分はこれができるのか」をうまく説明できないような、感覚的なもの。その人の歩みによって生まれる、多様な経験の「組み合わせ」こそが、その人ならではの価値になります。
越境は、まさにその人の「内なる多様性(イントラパーソナルダイバーシティ)」を増やす活動です。個人のなかの多様性が増せば、AIが考えないような組み合わせが発露しやすくなるはずです。
栗原:イノベーションが起きる土壌づくりにもつながりますね。
原田:そうです。重要なのは「エコシステム(生態系)」ではなく、「エコトーン(生態系の境界領域)」だという話[1]があります。海と陸の「水際」のようなエコトーンは、生物の多様性が最も高い。多様性さえあれば、エコシステムは勝手に生まれます。越境は、まさにこの「多様性」を生み出す活動なのです。

[1]アラン・ルイス、ダン・マコーン『エッジ戦略:自社に潜む「曖昧さ」に優位を見出す』(DIAMOND ハーバード・ビジネス・レビュー電子版、2016.04.06)
経営人材に必要な「全体感」と「意思決定のリアリティ」
栗原:「経営人材育成」の観点で、越境はどのような価値を持ちますか。
原田:大企業からスタートアップのような小さな組織へ行く経験が非常に重要です。組織が大きくなるほど経営のリアリティは失われ、「自分ごと」化しにくくなります。スタートアップに行くことは、スモールサイズであっても「全体像」を肌で体感する良い機会になります。
栗原:全体感のほかに、必要な要素は何でしょうか。
原田:「正解がない中での意思決定」のリアリティです。大企業は本質的に「不確実性を排除する洗練されたシステム」であり、上司や承認システムがある状態は「意思決定プレッシャー分散システム」です。
経営者は不確実性と向き合いながら意思決定をしています。スタートアップでは、数万円の企画一つですら、自分で決める胃が痛くなるようなプレッシャーを経験します。このリアリティを経験することが、経営人材育成において極めて重要です。
栗原:レンタル移籍が、経営者育成の取り組みにつながった事例はありますか。
原田:NTT東日本の宮崎さんという方の事例が象徴的です。彼は次世代経営者候補の育成プログラムの一環で、認定NPO法人全国こども食堂支援センター・むすびえに2年間レンタル移籍し、100人規模の組織の経営体制刷新をやり遂げました。
帰任後、40代半ばという若さで青森支店長に登用されました。NPOでの経営経験が評価されて支店長になるというのは、なかなかない話です。NTT東日本が掲げる「地域の未来を支えるソーシャルイノベーション企業」を体現した人材であり、彼を登用できる組織も素晴らしいと感じます。
