チリ産ウニと「人情」のサプライチェーン
理念の再定義は、「パープルオーシャン戦略」の実践、すなわち事業戦略に直結している。今回の事例での象徴が「チリ産ウニ」の開拓だ。
従来、チリ産ウニは安価な冷凍品やミョウバン漬けが主流だった。堀地氏は「自分の目で見たい」と、反対を押し切りチリへ飛んだ。そこで目にしたのは、命がけで漁を行うダイバーと、労働に見合わない対価という現実だった。
「チリ産ウニの9割が日本向けだが、日本企業が安く買う前提でミョウバン漬けに加工される。しかし、正直なところ、おいしくないものが多い。チリの港で獲れたてのウニはおいしく、『これを生で送れないか』と話しました」(銚子丸・堀地氏)
ここから銚子丸の「パープルオーシャン戦略」が始まる。
堀地氏らは現地と協力し、業界前代未聞の「生ウニ空輸」サプライチェーン構築に挑んだ。コストは跳ね上がるが、「生で買う分、値段は好きにつけていい。代わりに上乗せ分はダイバーまで行き渡らせてほしい」と交渉。通常より1.5倍高い価格で買い取ることを決めた。
これは「効率」や「最適化」とは真逆だが、「人情と活気あふれるおもてなしの舞台」という理念の実践だった。
「効率化」ではなく「関係性」が最強の武器
この取り組みは、高品質な商品を安価(2貫600円)に提供しただけではない。堀地氏らは、銚子丸の従業員(劇団員)やお客さまの写真をチリの工場に送り、共有した。
「工場の方々が、自分たちのウニを誰が食べているか見えるようにしました。私たちの仕事は、お客さまからサプライヤーまで、関わるみんなが大事だということを見える化しました」(銚子丸・堀地氏)
結果、チリ現地の意識が変わり品質が向上。最後はチリの工場から「ありがとう」の写真が送られてきたという。
金安氏は、効率(ミョウバン漬けの大量輸送)ではなく、あえて非効率な「人情」軸の開拓を行ったことが、銚子丸の「文脈的価値」の体現だと指摘する。
堀地氏の言葉が本質を突いている。
「お米の価格が高騰し、良質のお米が限られるなか、『どちらに渡すか』となった時、『この会社に渡したい』と思い出していただける企業になりたいです」(銚子丸・堀地氏)
読者への示唆:「100年企業」とは、毎年生まれ変わる企業
最後に銚子丸の両氏がビジョンを語った。堀地氏は「急成長より、年輪のように地域と共に成長できる企業」を目指すと語る。「出張回転寿司」のように、目の前の声に応え、短期的なもうけではなく、長期的な信頼関係を築く姿勢を崩さない。
石田氏は「100年企業を目指そう」という言葉を掲げている。
「100歳の会社を作りたいわけではない。毎年生まれ変わる、若々しい100年企業を作りたいと、3,500人(の劇団員)と共有し頑張りたい」(銚子丸・石田氏)
本セッションはリーダー層に重い問いを投げかける。AIが技術をコモディティ化する時代、自社の存在意義はどこにあるのか。
銚子丸の事例は、答えが「効率」や「機能」にはないことを示す。自社の歴史と文化に眠る「文脈」を掘り起こし、「理念」として再定義し、非効率でも「人情」や「関係性」を軸に実践しつづけることにある。
競争しない戦略とは、他社との比較という持久戦から降り、自社だけの「文脈」と「意志を武器に、顧客や社会と「共創」の関係を築くことだ。ではそれは何かを、今こそ向き合うべき問いである。
