日本のインハウスデザイン組織の「2つの源流」
日本のインハウスのデザイン組織の歴史は、1951年に松下電器産業(現パナソニック)の創業者である松下幸之助氏の一声で生まれた「宣伝部意匠課」に遡る。その後、1953年に東芝が「総務部・意匠課」を、1955年に日立家電販売事業部が「意匠研究室」を設置し、同年ソニーが初めてデザイナーを採用するなど、日本の高度経済成長を牽引した大企業はこぞってデザインのインハウス化を進めた。
鷲田氏は、これらの組織をわかりやすい対比関係として2つのタイプに分類している。
- 「事業部と経営トップ(広報宣伝)の囲い込み合戦型」:パナソニックやソニーに代表され、組織改編のたびに事業部直属と経営トップ直属を歴史的に行き来してきた特徴を持つ。
- 「全社組織としての研究・新規事業型」:東芝や日立製作所に代表され、経営の中枢機能として事業部とは独立した中央組織を構え、各事業部と連携を図ってきた特徴を持つ。
なぜデザインと経営の関係はブラックボックスなのか
事業部の直下で行われるデザイン活動は、商品の色や形を決める「スタイリング職(下流工程)」として利害関係が明確である。しかし、経営トップの直下にデザイン組織を置く真の意義は、これまで量的・客観的に証明されてこなかった。
米国における標準的な新製品開発プロセス[1]と比較すると、米国では市場参入計画などの下流に位置する「デザイン」とは別に、社長のすぐ傍らで機能する最上流の「デザイン過程」がモデル化されている。アップルのジョナサン・アイブ氏や、ダイソンの創業者ジェームズ・ダイソン氏のように、経営トップと直結したデザイン機能が複数の新カテゴリーを創出してきたのはその典型例だ。
一方で、多くの日本企業では次のような問題が根強く存在していた。
「日本企業では『デザイン』はコスト要因と捉えられている。さらに、下流工程でのスタイリング職という意識が強く、上流工程の『デザイン』は研究テーマになってこなかった。ゆえに『デザイン』と企業経営の関係はブラックボックス的であった」と鷲田氏は指摘する。
上流工程におけるデザインの役割が研究テーマになってこなかったため、「良いデザインがなぜ経営に効くのか」という論理が途中で飛んでしまい、ブラックボックス化していたのである。
[1]グレン・L・アーバン(Glen L. Urban)、ジョン・R・ハウザー、ニキルシュ・ドラキア 著『プロダクトマネジメント:新製品開発のための戦略的マーケティング』(プレジデント社、1989)
