AI時代に変化する財務経理の役割:過去の報告から「未来の価値創造」へ
栗原:AIをフル活用できるようになると、財務・経理部門の役割にはどのような変化が起きるのでしょうか。
ドーラン:歴史的に、財務・経理は「過去の数値を報告すること」から始まりました。これは本質的に「コンプライアンス(法令順守)」機能であり、多大なコストがかかる一方で、組織に直接的な価値を創造するわけではありませんでした。
しかし、財務報告の役割から移行し、FP&A(財務計画・分析)の領域に入ると、その目的は「組織の価値創造(バリュークリエーション)」へと変わります。予算管理、計画策定、シナリオプランニング、戦略的意思決定支援を通じて、経営陣に確かな価値をもたらすのです。
ここにAIを掛け合わせることで、途方もない量のデータを瞬時に処理できるようになります。たとえば、地政学的なリスクによって原油価格が急変動した際、「自社がどれだけ油価に依存しているか」「供給網が封鎖された場合の代替案は何か」といったシナリオを、AIを使えば文字通り数分で検証できます。
ただし、AIはデータ外の要素(外交の微妙な変化や現場の配送時間の長期化など)を知りません。ここに人間が知識と判断を加える必要があります。現在、CFOや財務リーダーがチームに求めているのは、ハードなテクニカルスキルだけではありません。リーダーシップ、コミュニケーション、戦略的プランニング、そして「クリティカルシンキング(批判的思考)」といった新しいスキルセットです。
これからの財務プロフェッショナルに必要な3つの必須スキル
栗原:具体的に、これからの財務プロフェッショナルが磨くべきスキルについて、さらに詳しく教えてください。
ドーラン:AI時代に人間が必要とする重要なスキルは、以下の3つの領域に集約されます。
(1)ビジネスの課題解決者(ビジネス・プロブレム・ソルバー)
現代の言葉では「クリティカルシンキング」と表現されますが、本質はビジネスの課題を特定し、それが表面化する前にどれだけ早く察知できるかです。早く対処すればするほど、企業への悪影響は少なくなります。AIを活用して財務データのトレンドをいち早く見抜き、企業リスクマネジメント(ERM)を牽引する役割です。
(2)投資意思決定支援(インベストメント・ディシジョン・サポート)
組織が最も高いリターンが得られる領域に投資するための意思決定を支える役割です。かつて財務担当者は、非常にシニアなレベルになるまでは財務のテクニカルな専門業務に終始し、ビジネス全体を見渡すことをそれほど求められませんでした。この戦略的な意思決定というスキルを磨くためには、財務プロフェッショナルが事業の他の部門で時間を過ごし、ビジネスの仕組みを現場レベルで深く理解する必要があります。
(3)競争優位性の開発と「フィナンシャル・ストーリーテリング」
ビジネスリーダーは、競合他社と差別化し、市場を破壊(ディスラプト)するような競争優位性をいかに構築するかに多くの時間を費やしています。これからの財務経理部門はこの思考プロセスに関与し、AIを活用してほぼ無限の代替案を検証した上で、最終的な推奨案を作ります。
そして、その提案を経営陣に納得してもらうために、課題が何か、なぜこの推奨案が他よりも優れているのかを物語として伝える「フィナンシャル・ストーリーテリング」のコミュニケーション力が必要不可欠になるのです。
