本記事は『GTM(Go-To-Market)戦略の教科書 マーケティング・営業・CSを成長エンジンとして完全仕組み化する(MarkeZine BOOKS)』(著:丸井達郎、廣崎依久)の「はじめに」、「第1章 01 顧客像を正しく定義するために必要なこと」「第1章 02 ICPを選定する」、「第1章 05 バリュープロポジションを決める」から抜粋したものです。掲載にあたって編集しています。
GTM戦略の絶対的起点となる「ICP」とは?
GTM(Go-To-Market)戦略とは、新たな製品やサービスを市場に投入し、数多くの選択肢の中から顧客に選ばれ、継続的な関係を築いていくための、体系的な実行計画です。単なるマーケティングや営業活動の計画にとどまらず、企業全体がどのように市場と向き合い、顧客接点をデザインし、競争優位性を築くかという、経営戦略レベルの思考が求められます。
Google、Amazon、NVIDIAなど世界のトップ企業でも「GTM戦略」の専門職が設置されています。
GTM戦略を立案するうえで最初に立ち返るべき問いは、「誰の、どのような課題を、なぜ解決するのか」という、極めて本質的なものです。この問いに対する答えが曖昧なままでは、どれほど洗練されたプロセスやツールを導入しても、それらは戦略と噛み合わず、結果的にGTM全体が機能不全に陥ります。実際、現場でよく見られるのは、手段や施策の導入が目的化し、肝心の「誰に何を届けるのか」という根幹の部分が置き去りになっているケースです。
この問いへの答えの中でも特に重要なのが、ICP(Ideal Customer Profile=理想的な顧客像)の正しい定義です。ICPとは、「自社の製品・サービスから最大の価値を引き出し、長期的かつ良好な関係性を築ける可能性が最も高い顧客」を明確な属性情報として定義したものです。
具体的には、業種、企業規模、地域、成長ステージといったデモグラフィック情報に加え、利用中のテクノロジースタック、組織の成熟度、意思決定プロセス、予算規模などの詳細なデータが含まれます。これらを明確にすることで、マーケティングや営業のリソース配分を「最も勝てる見込みの高い領域」に集中させ、ROIを最大化することが可能になります。
ICPの定義は、GTM戦略の絶対的な起点です。どの市場にアプローチするのか、誰に価値を届けるのかという設計が曖昧であれば、GTMモーションの設計は机上の空論となり、RevOpsの基盤も整合性を欠いた不安定なものになってしまいます。さらに、AIやデータ分析といった高度な技術も、誤った対象に向けて活用すれば、精度を伴わない自動化を生み出し、むしろ非効率や誤判断を増幅させる危険性があります。つまり、誤ったICP設定は戦略全体の前提条件の崩壊を意味し、その影響はプロセスやテクノロジーの全てに波及します。
最有力ターゲットを絞り込むICP選定のステップ
ここからは、ICPを選定する具体的なステップを紹介していきます。まずは、過去の顧客データ分析や営業・CS・マーケティングのディスカッションを通じて、7~8程度のICP候補を列挙します。
この段階では、あえて幅を持たせて設定することが重要です。初期の仮説は精緻化の過程で必ず変化するため、候補が少なすぎると比較検討の幅が狭まり、思わぬ有望市場を見逃すリスクがあるからです。一方で、候補数が多すぎると検証リソースが分散し、評価が浅くなります。7~8という数は、十分な多様性を確保しつつ、比較検証が可能な数です。
また、候補を並べて比較する過程で、「当初は優先度が低いと思っていた市場が、実は他よりも深い課題を抱えていて、自社の強みと強く結びついている」など、意外な発見が生まれることも少なくありません。
列挙した候補は、定量・定性の両面で評価を行い、最終的に3つ程度の最有力ICPへと絞り込みます。こうすることで、チーム全体で納得感のあるターゲット像を得られます。
ICP候補例(セキュリティソフト販売の場合)
(1)従業員100~300名規模の製造業(オンプレ中心)
- 老朽化したサーバ環境を抱え、社内ネットワークの脆弱性リスクが高い。
- IT専任担当はいるが少人数で、セキュリティ監視の自動化が未整備。
(2)国内複数拠点を持つ小売チェーン
- POSや店舗端末からの不正アクセス防止が急務。
- 店舗スタッフのセキュリティ教育にばらつきがあり、ヒューマンエラーが頻発。
(3)クラウドシフト中の金融関連サービス企業
- 高いコンプライアンス要件があり、クラウド利用に伴う新たな脅威に対応する必要がある。
- 社内のセキュリティポリシー更新が追いつかず、現場対応にギャップがある。
(4)地方自治体や公共団体
- 限られた予算で高度なセキュリティ対策を求められる。
- 個人情報漏洩リスクへの社会的プレッシャーが大きい。
- 顧客数とデータ量が急拡大し、現行のセキュリティ体制では監視・検知が限界。
- セキュリティ専任が不在で、導入から運用まで外部依存が高い。
(6)海外拠点を持つグローバル製造企業
- 海外拠点とのデータ連携により越境セキュリティリスクが増大。
- 現地法規制対応と本社ポリシー統合の両立が難しい。
(7)医療機関(中規模病院)
- 電子カルテや医療機器がネットワーク接続されており、ランサムウェア被害のリスクが高い。
- 現場スタッフのITリテラシーが多様で、操作ミスや不正利用の可能性がある。
(8)エネルギー・インフラ系企業
- IT(制御・運用技術)システムがサイバー攻撃対象になりやすい。
- 物理・論理両面での多層防御が必要。
ICP選定の精度を上げる7つのセグメンテーション
ICPを選定するにあたり、セグメンテーションには多様な軸があるため、これらを状況に応じて組み合わせて活用することが求められます。自社のサービス特性や戦略目標と照らし合わせながら重要な要素を見極め、そのうえで複数の分類軸を適切に統合することで、より多角的で精度の高いICPを構築することが可能になります。
(1)企業属性セグメンテーション
最も基本的で広く用いられる方法です。業種、企業規模、所在地といった属性に基づくもので、データの入手や社内共有が容易である一方、顧客のニーズや行動の具体像を十分に捉えきれないという限界があります。
(2)テクノグラフィックセグメンテーション
顧客が利用しているテクノロジースタックに基づく分類手法です。特定のシステムとの連携を前提とする製品や、競合ソリューションのリプレイスを狙う場合に高い効果を発揮します。
(3)行動によるセグメンテーション
顧客のウェブ閲覧履歴やコンテンツ消費傾向、利用率、購買履歴といった行動データを活用します。既存顧客のアップセル・クロスセル機会や解約リスクの把握にも有効です。
(4)ニーズに基づくセグメンテーション
顧客が直面する課題や求める機能要件を出発点とするため、自社のバリュープロポジションを最も直接的に活かせる分類方法となります。
(5)インテントデータによるセグメンテーション
ファーストパーティおよびサードパーティデータを用いて積極的に情報収集を行う企業を特定します。特定のキーワードに基づく行動データを活用することで、購買意欲の高い企業を抽出できます。
(6)サイコグラフィックやカルチャーを基点としたセグメンテーション
価値観や企業文化に基づく分析を行い、共感を軸にしたメッセージ設計を可能にします。
(7)階層型セグメンテーション
期待収益や戦略的重要性を軸に顧客を階層化するもので、ABM戦略の基盤となる考え方です。




