マインドフルネスは美意識と表裏一体の「違和感」を持つために「自分の内側にある価値基準」を掴むもの
宇田川(埼玉大学 人文社会科学研究科 准教授):
僕は経営学の学会の中で、クリティカル・マネジメント・スタディーズ(批判的経営学研究)のほかにマネジメント・スピリチュアリティというグループに入っています。これはとてもマイナーなグループですけど、最近人数が増えているらしいんです。
日本でも最近マインドフルネスとか瞑想が流行っていますが、全部では決して無いのですが、一部でちょっと変な方向に向かっているんじゃないかと心配しています。スピリチュアリティって、「神秘性」のように理解されていますが、本当は「精神性」の問題だと思うんです。要するに、どういう視座でものを考えるかといった話ですが、これを神秘性の問題ということにしてしまうと、瞑想やなんかを通じて結局は既存の美意識を焼き直すだけのような気がして。山口さんが本で強調されているのは、今の美意識というものを批判的に捉え直すのが大事だということですよね。
山口(コーン・フェリー・ヘイグループ株式会社シニアクライアントパートナー):
僕も、マインドフルネスというのは一部で危険な方向に向かってしまっている可能性があると思っています。神秘というと、やっぱり外側にあるものなんですよ。一方で、精神性というのは自己の中にあるものですよね。
マインドフルネスは、世の中のフレームに覆い隠されて発揮できていないような、自分の内にある価値観や立脚点を内省することで掴むという、一種の技術体系なんですよね。
神秘性と言ってしまうと、何か外側にあるものから与えられるものになってしまうので、結局のところ経営の教科書から神秘に、拠り所を切り替えるだけの発想になってしまう。
前回、武井さんのお話にあったような、「会社経営ってこうやるとうまくいく。教科書にもこう書いてある」ということに対して、「だけど、これなんかおかしくない? 俺たちがこれをやって、誰か楽しくなるんだっけ?」という違和感に気づくということが、とても大事です(第1回参照)。
宇田川:
違和感と美意識というのは、つながっているように思います。
山口:
表裏一体ですよね。先日「Soup Stock Tokyo」を運営するスマイルズの遠山さんとお話をさせていただく機会があったんですけど、彼は経営者でありながら半分アーティストです。彼は「なんでこうなっちゃうの?」ということをよく言っているんですけど、それはすごく大事な問いです。
満員電車って嫌だけどしょうがない、変な広告看板がいっぱいあるのもしょうがない、会社に行ってストレスがあるのも、それで精神を病んでしまうのもしょうがない──、みんながそう思っている中で、「なんでこうなっちゃうの? そうであるべきじゃないでしょ」ということが感じとれるかどうか、価値基準を判断するアンテナがあるかどうかだと思うんです。