「組織が変わる」とは“新しい物語”を紡ぐこと──「ナラティヴ・アプローチ」とは何か

共創し学習する新しい組織論:(コラム第6回)

 反脆弱的な組織を創っていく重要性を先日の講演で述べた。反脆弱的な組織とは、想定外のことに直面することを前提としながら、想定外のものを活かして進化していく組織のイメージである。しかし、反脆弱的な組織になるためには、何が必要であろうか。それは、新しい物語を生み出していこうとする「ナラティヴ(語り)」であると考える。なぜならば、想定外の出来事とは、それまで“当たり前とされてきた既存の物語”を相対化し、“新しい物語”を必要とする状況だからである。このコラムでは、ナラティヴ・アプローチの思想や考え方を考えていきたい。

[公開日]

[著] 宇田川 元一

[タグ] ワークスタイル 組織変革 組織開発 ナラティヴ・アプローチ ナラティヴ・ベイスト・メディスン

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なぜ議論は噛み合わないのか──自分の認識の外側にある“得体の知らないもの”に気づく「相対化」への恐れ

 最近ありがたいことに多くの講演の機会をいただく。どこで講演をしても共通して聞かれる質問がある。

講演の内容は理解できた。しかし、自分の会社(組織、業界)は保守的で実践することができない。上司が話をわかってくれない(あるいは、部下の意識が低い)。どうしたらよいですか?

 この質問には無視出来ない日本の企業社会の大きな課題が潜んでいると考えている。その質問へ私は直ぐに答えを出すのではなく、2つの問いかけをするようにしている。

 ひとつは、「組織の中でどうしたらよいかわからなくて困っていることを誰かにまず語ってみてはどうでしょうか?」というものである。そしてもうひとつは、「あなたは上司(部下)がわかってくれないと言いますが、あなたは上司(部下)をどれだけわかっていますか?」というものである。

 なぜこのような問いかけをしているのか。実は明確な理由がある。

 まずは、冒頭の質問がなされるような状況を、どのように解釈できるか。読者の皆さんと一緒に考えてみたい。そもそも、この質問を投げかけてくるのは、自分自身が良いと思っていること、もしくは当たり前だと思っていた前提とは、“別の世界があることを知ってしまったから”である。つまり、自分が「相対化」されたのである。相対化されるとは、よくわからないものが自分の認識の外側にあることを知ってしまうことである。

 そして、その得体の知れないものがもたらす不確実性に人は恐れを抱く。そして、相対化されたことにある種の苛立ちや、葛藤を抱えることになる。その時に、私達はなんとかして相手にこちらの正しさをわからせようとするし、そのための方法を考えようとするだろう。

 なぜならば、まだこの段階においては「私が正しく、相手が間違っている」という認識に立つからである。しかし、その前提を一度保留してみる時に、実践的、実用的な新たな視点が開けてくる。

 冒頭の質問に対するひとつめの問いかけの意味は、「答えを知っていなければならない」という前提を保留し、違う在り方があるということだ。また、ふたつめの問いかけの意味は、自分の正しさを保留し、相手にも相手なりの正しさがあることを認め、その接点を探していくことだ。そのことを理解してもらうために、あえて質問に対して問いかけを戻したのである。

タイトル

 このような考えは、ナラティヴ・アプローチという思想を背景にしている。これは一体何なのかについて考えていきたい。

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