スティーブ・ジョブズのスピーチにみる、変革期の経営に必要なフューチャーバック思考
前述した認知バイアスを乗り越えても、リーダーは既存事業の運営に忙殺されるため、十分に未来について考える時間が与えられていない。しかもフューチャーバックプロセスには、経営層が深く関与することが必須条件のため、企業導入の際には目的を明確にして進めたい。
例えば本書では、戦略立案において「プレゼントフォワード」と「フューチャーバック」の二つのアプローチのうち、適しているタイミングや目的が示されている。実践の場での使える考え方だ。
社会構造が大きく変化するときには企業のレゾンデートル(存在意義)が問われるものだが、破壊的技術が登場したときも同じく存在意義が危うくなる。(現在がまさにそうだが)このようなときは、想定される未来の社会や技術を前提として、自社の戦略を再構築する必要がある。一つの技術が他の技術を後押しし、破壊的技術の登場サイクルが加速している現在、企業の経営層がフューチャーバック思考を共有することの重要性は増している。
次に、かなり前からこの思考を実践・体現していたとも受け取れる人物の発言を見ていこう。スティーブ・ジョブズが2005年、米スタンフォード大学の卒業式で行ったスピーチ「ステイ・ハングリー、ステイ・フーリッシュ」での一節を引用してみよう。
将来をあらかじめ見据えて、点と点をつなぎあわせることなどできません。できるのは、後からつなぎあわせることだけです。
スティーブ・ジョブズの名言は、思いつきで行動することを推奨しているわけではないことが本書を読むとわかる。この有名なスピーチは学生の前で語ったものだが、本書では、2010年に社内向けに行ったスピーチも引用している。ジョブズは次のような発言をしている。
アップルは、人々がクラウドとのつながりを管理するような存在にならないといけない。音楽や動画のストリーミングや、個人的な写真や情報、さらには医療情報までも。アップルは、コンピュータが個人のデジタルハブになることを初めて想像し、とても成功した。だが、今後数年を掛けて、そのハブはコンピュータからクラウドに移行する。これまでのデジタルハブ戦略と変わらない面もあるが、そのハブは違う場所にあるというわけだ。このような変革を成し遂げることは重要だ。なぜならクレイトン・クリステンセンが「イノベーターのジレンマ」と呼ぶ現象があり、発明した本人が次の時代に移行できなくなる。私たちはそうなりたくはないからだ。