今回の記事でお伝えしたいこと
- 社会環境の変化によってリサーチに求められる役割が大きく変わってきている
- リサーチの結果は見る人によってゴミにも宝にもなる
- 偉大な経営者は卓越した顧客視点の持ち主でもある
- イノベーションのためのリサーチとは自身の確信を問い直すリサーチである
- 確信の検証には顧客との共感が不可欠である
“見えないニーズ”を質問で探ることはできない
多くの場合、人は形にして見せてもらうまで、自分は何が欲しいのかわからないものだ。
(スティーブ・ジョブズ)現代の消費者は、「言うこと」と「行うこと」が必ずしも一致しない。
(株式会社セブン&アイ・ホールディングス 会長 鈴木 敏文)気づいていないことは、いくら聞かれても答えられないのである。マーケティング・リサーチの結果をうのみにすることは危険である。
(ネスレ日本株式会社 代表取締役社長 高岡 浩三)
これらの偉大な経営者の言葉は、リサーチの無力さを象徴するものとしてたびたび引用されているが、はたしてリサーチは本当に力を失ってしまったのだろうか? まずは、その理由から振り返ってみよう。
モノが不足している時代には、新しいモノを持つことは生活が楽になり豊かになることであった。戦後の高度成長期には三種の神器(テレビ、洗濯機、冷蔵庫)と呼ばれる象徴的な商品があり、だれもが努力してこれらの商品を持とうとした。三種の神器は時代の変遷にともなって、ビデオデッキ、パソコン、自動車といったように、個別の品目が入れ替わりこそした。しかし、リサーチで消費者に何が欲しいかを尋ねれば、時代ごとに明確に「これが欲しい」という答えが返ってくるような商品が存在した。また、当時の商品は品質も機能も不十分であったため、質問によって「もっとこうして欲しい」というニーズも容易に探ることができた。
しかしながら、現在では技術的に開発可能と思われるほとんどの商品が市場にあふれ、生活者の多くは必要とする大半のものを既に手にしている。こうなると、何が欲しいかを質問しても的確な答えは返ってこない。目に見える「欲しいもの」はすでに持っているし、本人が欲しいと自覚していないものや、まだ世の中に存在していない未知の商品を尋ねても答えようがない。見えないニーズを質問で探ることはできないのだ。
つまり、社会環境の変化によってリサーチで探るべき対象が「顕在化したニーズ」から「潜在的なニーズ」に変わったことで、リサーチの難易度が格段に高まり、リサーチの力が相対的に下がったと考えられる。企業は、あの手この手で欲しいものを聞きだそうとするが、そもそも欲しいものが存在しない、もしくはわからないのだからどうにもならない。