異なる誰かとの協働から生まれるイノベーション
佐宗(株式会社biotope 代表取締役/イノベーションプロデューサー):
私はかつてP&Gでマーケティングを担当するビジネスマンでしたが、その後デザインを学び、日本の大手電機メーカーを経て、現在はイノベーションファームを創業しました。ですから、「デザイン思考」を掲げ、世界的デザイン企業「IDEO」の経営者でありながら、もともとはビジネスの世界にいらしたケリーさんに、いつかはお話をうかがいたいと思っていたんです。
トム・ケリー(IDEO 共同経営者、以下、ケリー):
それは光栄ですね。お会いできてうれしいです。
入山(早稲田大学ビジネススクール准教授):
この本連載では、佐宗くんと私で「どうしたら日本をもっとクリエイティブにできるか」「イノベーションをどうやって体系立てて考えるか」という疑問を探求しています。ビジネスのバックグラウンドを持ちながらデザイナーである佐宗くんと、経営学者である私の二人の視野を合わせて、様々なイノベーション・クリエイティブの第一人者の方々と議論することで、気づきが得られるのではないか、と考えています。
ケリー:
とても興味深い取り組みですね。なんといっても、すばらしいのが「一人でやろうとしていないこと」でしょう。一人の人間が、あらゆる資質をすべて備えている必要はないのです。たとえば、「IDEO」の顧客であるドナ・ダビンスキー氏(パーム・コンピューティング社の創業者)は非常に優秀なビジネスパーソンですが、才能豊かな技術者であるジェフ・ホーキンス(共著に『考える脳 考えるコンピュータ』)と組むことでパーム・コンピューティングを創業し、その後ハンドスプリング社を創業し、最終的にはヒューレット・パッカードに何十億ドルという評価額で買収されました。二人はそれだけの価値を生み出したことになります。
この成功は、二人がそれぞれ自分の専門分野を持ちながらも、互いに上手く協働したからこそなし得たことです。得意分野が異なる人同士が協力し合えば、大きな成功が得られる可能性が高まる。アップル社のスティーブ・ジョブズとスティーブ・ウォズニアックもそうでしたよね。
佐宗:
(トム・)ケリーさんと、そのお兄様で共同経営者であるデイヴィッド・ケリー氏との関係も、今お話いただいた例によく似ていますね。
ケリー:
ええ、兄は幼い頃からクリエイティブで、学生時代の好きな科目は美術でした。大人になってからも、兄はクリエイティブな人生を過ごしてきました。私は兄を心から敬愛していますが、でも彼は根っからがクリエイティブ畑の半生を歩んで来たので、ビジネスパーソンにはあまり参考にならないでしょうね(笑)。他方で私は会計事務所に勤め、GEに移った後MBAを取得し、その後、経営コンサルタントになり、さらに、カンタス航空( Qantas Airways )がクライントであったコンサルティング・ファームに勤め、ようやくIDEOで働き始めました。経営コンサルタント時代には5年間、ほぼ全ての時間を電卓で紙の上で表計算をしていたんですよ。