すべては「より快適な毎日を、より多くの方々に」というビジョンから
大本綾氏(以下、敬称略):本日はイケアが企業として歩んできた歴史、そしてその過程で生み出してきた数々のイノベーションについてお聞きしたいと思います。まずイケアの原点がどこにあるかについてお聞かせください。
ペトラ・ファーレ氏(以下、敬称略):イケアの創業者、イングヴァル・カンプラードが掲げたビジョンは「より快適な毎日を、より多くの方々に」です。そして、彼は、よりよい家がよりよい暮らしをつくると信じていました。だからこそ、イケアは1943年の創業から現在に至るまで80年以上にわたって、家庭用品全般のホームファニッシング製品とそれを活用したソリューションに焦点をあて、ビジネスを展開してきました。
イングヴァルはまた、「多くの方々」のためになることに本気で挑戦し、そして多くの人に届ける製品やソリューションはどうあるべきかを考えました。もちろん、まずもって機能的でなければ意味がない。その上、美しいデザインで品質が高く、サステナブルでなければならない。そして何より、できるだけ多くの人の手に届くような低価格でなければならない、と。
だからこそ、イケアのビジネス理念は「優れたデザインと機能性を兼ね備えたホームファニッシング製品を幅広く取りそろえ、より多くの方々に購入いただけるよう、できる限り手ごろな価格で提供すること」なのです。このビジネス理念に則り、イケアは1995年に商品開発の指針を「デモクラティックデザイン」として発表しました。ここに関しては、後ほど詳しく説明します。
これらがイケアの出発点であり、今後も変わらない指針でもあります。
小売業としてのイケアの変遷
大本:そのようなビジョンやビジネス理念を持つイケアにおいて、イノベーションの取り組みはどんな変遷を経てきたのでしょうか。
ファーレ:小売業者としてのイケアを振り返ると、当初は通信販売会社としてスタートし、実店舗事業に移行し、近年、マルチチャネルになったという大きな流れがあります。そして現在さらにオムニチャネルのリテーラーとしても進化しつつあります。
イケアが家具の通信販売会社としてスタートした当初、イングヴァルたちは家具の破損率が高いことに気がつきました。また、大きくてかさばる家具を輸送するコストも高く、大きな課題となっていました。そこで生まれたのが「フラットパック」です。脚を外して梱包を小さくすれば、破損率は低くなります。スペースも節約できるので、輸送コストの節約にもなります。当然、流通コストが下がれば販売価格も下げられます。低価格でよりよいものを提供する企業であるためには、低コスト企業でなければなりません。
この例でもわかるとおり、私たちが商品開発の指針とする「デモクラティックデザイン」のためには、ビジネス上のすべての側面を検討する必要があります。使用する素材、加工方法、耐久性、バリューチェーンの安定性など、生産・製造、輸送、販売のすべての側面です。