アジア初の実機設置から始まった「量子イノベーションパーク」
寺部雅能氏(以下、寺部):本連載では、ビジネスパーソンに向けて、量子に関わる挑戦をしている方々をインタビューしています。先ほど川崎市役所本庁舎1階の情報発信スペースを拝見しましたが、「量子イノベーションパーク」と打ち出す川崎市の量子への注力ぶりは、他の自治体にはない圧倒的なものですね。
福田紀彦氏(以下、福田):ありがとうございます。そう言っていただけると嬉しいです。実は「量子イノベーションパーク」という名前、最初は私の思い入れから始まったようなものなんですよ。
2021年にアジア初となるゲート型商用量子コンピュータ「ibm_kawasaki(IBM Quantum System One)」が新川崎・創造のもりに設置されることになり、これによって日本の研究者が国内で実機を優先的に利用できる環境が整いました。これほど凄いものが来るなら、実機設置だけに留めず、まち全体でイノベーションを起こすべきだと確信し、「量子イノベーションパーク」というキーワードを打ち出したんです。言葉にすれば必ず形になっていくという考えでした。
寺部:市長のその熱量が、今の力強い推進力を生み、プレーヤーの輪が広がっているんですね。
福田:ええ。新川崎・創造のもりを中核に、量子分野の研究開発・実証・教育プロジェクトが市内全域で展開され、それらが相互に影響し合うエコシステムの形成を目指しています。当初は「なんだろう?」と思っていた量子技術ですが、今では産学官が一体となって社会構造そのものを変えていく、そんな期待感に満ちています。
なぜ川崎が選ばれたか?強固な地盤と「長年の信頼関係の蓄積」
寺部:そもそも、なぜ最先端の量子コンピュータの実機を新川崎に置くことになったのでしょうか。その選定の裏側が気になります。
福田:まずは物理的な理由が挙げられます。新川崎は昔「東洋一の操車場」だった場所なんですよ。毎日何百という電車が行き交っていた場所で、地盤が非常に強固です。繊細な量子コンピュータを安定して稼働させるには、この揺るぎない地盤が不可欠でした。また、羽田空港や都心部へのアクセスの良さ、そして研究開発型企業の集積といった環境面も大きな要因です。
寺部:なるほど、アクセスの良さと強固な地盤。確かにその条件を満たす場所は限られます。
福田:ただ、それ以上に重要だったのが「長年の信頼関係の蓄積」です。日本IBMは、新川崎・創造のもり内のインキュベーション施設「NANOBIC」に2012年の開設当初から入居され、東京大学と連携してナノ・マイクロデバイスなどの次世代技術を長年研究してこられました。この産学官の人的ネットワークと実績があったからこそ、「川崎なら世界的なプロジェクトを任せられる」と評価していただけたのだと思っています。
寺部:単なるスペックだけでなく、歴史の積み重ねが実機を引き寄せたんですね。
福田:そうなんです。さらに川崎には、富士通や東芝などのグローバル企業だけでなく、量子コンピュータのハードウェア構成部品を支える高度な技術を持つ中小企業も多く存在します。米国のIBMからも高い評価を得て、世界中から受注を受けている企業もあります。この分厚い産業基盤と、歴史的な信頼関係こそが、川崎が世界から選ばれた真の理由だと言えます。
