「自前主義」からの脱却:AIマネージドサービスという選択肢
2026年以降、企業が直面する最大の課題は、AIシステムの「維持・運用」だろう。橋本氏は、「各社が個別にAIシステムを構築し、税法が変わるたびにメンテナンスを行うのはナンセンスではないか」と問題提起する。
組織図などは企業ごとに異なっても、仕訳のルールや税法の解釈といった「コア」の部分は共通である。この共通部分のメンテナンスを外部のプロフェッショナルに委ね、企業はそれをサービスとして利用する「マネージドサービス(AI BPO)」のモデルが、今後急速に普及するとPwCは見ている。
実際にPwC税理士法人では、クライアントからデータを受け取り、自社のAI環境で処理を行って結果だけを返すサービスや、クライアント環境内にPwCの知見(プロンプトや辞書データ)を組み込むハイブリッドな支援を展開している。
「コア部分を作ってみんなで使う。個社で投資しきれない部分をシェアすることで、合理的なコストで最新のAI恩恵を受けることができます」(橋本氏)
これは、持たざる経営へのシフトとも言えるだろう。
壁を越えた共創事例:第一法規との著作権クリアランスが生む価値
本セミナーで特に注目した取り組みが、法規情報の老舗出版社である第一法規との共同開発事例だ。
生成AI、特にRAG(検索拡張生成)の活用において、もっとも高いハードルとなるのが「著作権」である。専門性の高い回答を生成するには、信頼できる専門書や解説書(コンメンタール)のデータが不可欠だが、これらを無断でAIに学習・参照させることは権利侵害のリスクを伴う。
PwCは第一法規と開発に関して1年以上の時間をかけて協議を重ね、各著作者からの許諾取得も含めた法的なクリアランスを完了させた。これにより、第一法規が持つ膨大な法務・税務データベースをAPI経由でAIが参照し、根拠(リファレンス)付きで回答を生成するシステムを実現したのである。
デモ画面では、ユーザーの質問に対し、AIが「第一法規の〇〇コンメンタール」を参照したことを明示しつつ回答を作成し、リンクをクリックすれば原典に飛べる仕組みが披露された。
橋本氏は、「これは出版社、ユーザー、そして我々のような実務家の『三方よし』のモデルです」と胸を張る。
「これまでアクセスできなかった層にも専門知を利用してもらうことで、出版社のコンテンツ価値も再定義されます。著作権料が適切に還元されるエコシステムを作ることで、AIと知的財産権の共存が可能になるのです」(橋本氏)
この取り組みは、単なる技術提携にとどまらず、生成AI時代におけるコンテンツホルダーとAI開発者の新たな協業モデルとして、他業界にも大きな示唆を与えるものだ。
読者への示唆:2026年は「捨てる業務」と「守る領域」の選別を
PwC Japanグループの事例から見えてくるのは、経理・税務という堅牢性が求められる領域においてさえ、AIはもはや「使うか使わないか」の議論を終え、「どう組み込むか」の実践段階に入ったという事実だ。
経営企画やDX推進を担うリーダーにとっての示唆は明確である。それは、「自社で開発・維持すべき競争領域」と、「外部のリソースやAIに任せるべき協調領域」を冷徹に見極めることだ。
複雑な税務判断ロジックや法対応のメンテナンスを自前で抱え込む時代は終わった。AIマネージドサービスのような外部基盤を賢く活用し、社内の人材を「AIの回答を評価し、最終決定を下す」高度な業務へとシフトさせる。そのためのリスキリングと、AIの判断根拠を透明化するガバナンスの構築こそが、これからのリーダーに求められる責務となる。
冒頭に高島氏が述べた「30年に一度の変曲点」は、裏を返せば、バックオフィス部門がコストセンターからバリューセンターへと脱皮する絶好の機会でもある。
「Human-in-the-Loop」を前提とした業務設計、そして法規制や知財をクリアした信頼できるAIパートナーの選定。この2つが、2026年のAI経営における成否を分かつ分水嶺となるだろう。
