大企業と新領域を接続する「タグボート」の役割
優れたプログラム設計であっても、それを大企業の組織内で運用・推進する際には、必ず「既存事業部との接続」という巨大な壁に直面する。
森久氏は、TRIBUSの役割を、大企業という豪華客船が新しい港へ着岸するための「タグボート」に例えて説明した。巨大な船がいきなり未知の探索領域に飛び込むと、座礁してしまう可能性が高い。そこで、TRIBUSという小回りの利くタグボートが先に道を探り、微修正を繰り返しながらきれいにソフトランディング(着岸)させる。
具体的には、採択されたアイデアをいきなり既存事業部へ引き渡すのではなく、別組織の中で一定のサービスとして立ち上げ、単体でもビジネスとして価値が出る状態まで十分に育て上げてから事業部へ接続するという、極めて慎重な運用プロセスをとっているのだ。
北村氏も、アイデアを事業化する際の運用上の苦悩を語った。ボッシュでは社内からアイデアを募る際、推進側から「既存事業部の製品をベースにした隣接領域で考えるように」と指導している。そうしなければ、事業部が受け取り手として納得してくれないからだ。しかし、革新的なアイデアであるほど、どうしても現在のコア事業からはみ出てしまう。このはみ出たアイデアをどの事業部に引き取ってもらうか、いわゆる「ハッピーホーム(幸せな家)」という里親探しが、事務局にとって最も大変な推進業務だという。
この受け入れのハードルを下げるため、ボッシュの「Open Bosch」の運用では、新規事業開発部が一方的にソリューションを押し付けることはしない。社内にアンケートを取り、本当に困っている部署の「キーユーザー」を見つけ出し、その熱意ある現場社員を巻き込んで伴走する形をとっている。事業部自らが「使いたい」と思える状況を作り出す泥臭い推進が、スタートアップ導入の鍵を握っている。

ボッシュの「拠点集約」が引き出す“場”の力
プログラムを円滑に運営・推進する上で、コミュニケーションの「場(物理的・仮想的)」をどうデザインするかも重要なファクターだ。両社は、まったく逆のアプローチで組織のポテンシャルを引き出している。
ボッシュは、1911年から日本に拠点を構える歴史ある企業だが、長らく渋谷の旧本社をはじめ、様々な事業部が横浜などに点在していた。しかし2024年、横浜市都筑区に完成した新本社に移転し、これらを集約した。約2,000人規模のオフィスに多種多様な事業部が集まったことで、階を移動するだけで他事業部のメンバーとすぐに対面で議論できるようになった。
ドイツ本社が広大な国土に拠点を分散させ、中国も上海や蘇州などに点在しているのに対し、日本法人は関東地方に拠点が集約されている点が最大の強みとなる。この機動力と物理的な集約を活かし、日本の技術力の高さをアピールしつつ、グローバルにおける日本のプレゼンスを高める推進体制を築いている。
一方のリコーは、全国に拠点が分散しており、リモートワーク率も約7割に達する。そこで、TRIBUSの運営を「完全オンライン化」へと振り切ることで進化を遂げた。立ち上げ時の2019年は東京でのリアル開催が中心で、地方の参加者は「参加している感」が薄かったという。しかし、コロナ禍の2020年をターニングポイントとし、全コンテンツをオンライン化したことで、北海道から沖縄まで全国の多様な社員やスタートアップを等しく巻き込めるようになった。地方の拠点を使った実証実験のハードルも劇的に下がったという。
さらに2023年からは、プログラムへの参加を「パワポ上のアイデア遊び」で終わらせないよう、実際にサービスに触れられる物理拠点「TRIBUSスタジオ」を開設。オンラインの網羅性と、リアルの実体感を戦略的に使い分ける運営を行っている。
