単独抜擢が猛反発を招く。異文化マネジメントの壁
宮森:異文化マネジメントにおける、まさにリアルな壁ですね。具体的にうまくいかなかった事象を教えていただけますか。
平井:タイでは、権力格差はありつつも「お互いみんな気持ちよく平等に働く」というカルチャーが根底にあります。そこを知らずに、日本的な感覚で「仕事をしてアピールが上手な人」を一人だけ引き上げて登用してしまったことがありました。すると、組織全体から猛反発をくらい、エンゲージメントが劇的に下がってしまったのです。タイ特有の内集団のルールの強さを理解していなかったゆえの失敗でした。
宮森:タイのカルチャーについて少し補足しますね。国ごとの文化的価値観を比較する「ホフステードの6次元モデル」では、各国の文化を「集団主義vs個人主義」「権力格差」「達成志向vs生活の質志向」など6つの軸で可視化します。「達成志向vs生活の質志向」の軸で見るとタイは典型的な「生活の質志向」の文化で、達成志向スコアは日本95に対しタイ34と、対照的な位置にあります。
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生活の質志向の文化では、競争や個人の成果よりも職場の居心地の良さや人間関係の調和を大事にするため、一人だけが突出することを嫌がる傾向がありますよね。
平井:そうなんです。また、タイの社員はネガティブな本当のことをなかなか言ってくれません。「平井は話を聞いてくれない」と思われていた時期もありました。さらに、「わかりました」と言っても、1〜2週間経って何もアウトプットが出ないこともありました。日本人はすぐ「すみません」と言えますが、彼らはそう言えないのだと気づきました。だからこそ、簡単な言葉で何度も説明を重ね、その場で復唱してもらって相互理解を確認するなど、コミュニケーションのやり方を大きく変えていきました。遅刻の許容範囲やビジネスのルールの線引きなども、現地で泥臭く調整していきましたね。

本社との対立と権限移譲。現地文化の尊重で組織は動く
宮森:タイ側と日本本社の間に立って、相当なご苦労があったと伺っています。
平井:ええ。現地政府の許認可プロセスなど、日本の本社側から見れば「なぜできないんだ。時間を合わせろ」と怒られるようなスピード感の違いがありました。説明してもわかってもらえず、本社側の説得には苦労しましたね。
一方で、現地のタイ人スタッフに対しても、最初は私の思い込みで失敗をしていました。たとえば工場のオープニングセレモニーの際、私が良かれと思って日本の業者を使って進めたところ、後になって「自分たちの会社の立ち上げだから、自分たちの手でやりきりたかった」と言われたんです。
宮森:相手の文化を尊重して任せることで、組織が変わり始めたのですね。
平井:はい。タイの社員が外国からのお客さんを迎える際、朝から仕事もせずに民族衣装に着替えて化粧をし、歓迎の準備をしているのを見て、昔の私なら「そんなことは後でいいから仕事をしろ」と怒っていたでしょう。でも、彼らが一生懸命やりたいと思っているなら任せようと。結果的にそれがお客さんに大層喜ばれ、業績につながりました。そうやって多様な価値観をまとめ上げて組織を運営する実務経験を積みました。人事部門出身で女性初の海外社長というのは会社にとっても大きなチャレンジでしたが、なんとかやり遂げることができました。
