「知財・人材・資金」の壁を乗り越える。日本型エコシステムの課題と展望
もっとも、エコシステム構築には乗り越えるべき課題も多く存在します。
第一に知的財産(IP)の取り扱いです。大学とスタートアップ、企業が協働する中で、発明の権利やその対価配分を巡ってトラブルが起きることがあります。ある大学発スタートアップでは、創業時に大学から特許ライセンスを受ける際、資本金を上回る高額のイニシャルフィー(契約時一時金)を要求され、分割払いにしてなんとか支払ったという例も報告されています。このように知財の対価設定が非現実的だと、スタートアップの成長を圧迫しエコシステム全体の活力を削いでしまいます。
日本では今、大学が知財ライセンスや起業支援の対価として株式・新株予約権を取得する際の考え方は、経済産業省の手引きやガイドラインで既に整理されています。今後は、制度の有無だけでなく、各大学がスタートアップの資金制約と将来価値を踏まえた柔軟な契約実務を構築できるかが課題となります。また、大学内に知財戦略の専門人材を育成し、スタートアップ寄り添い型の柔軟な契約を提示できるような体制づくりも求められています。
事業会社としては、自組織が関与する産学プロジェクトで知財の扱いが適切か目を光らせるとともに、必要なら社内の知財部門や法務部門と連携して契約条件の工夫を提案していくことが望ましいでしょう。
第二に人材面の課題です。エコシステムを回すには多様な人材の存在が重要ですが、日本では博士課程人材の減少や、技術と経営の両方に通じた人材の希少性が指摘されています。自然科学系の修士課程修了者から博士課程への進学者数・進学率は、2000年代半ば以降、長期的には低下傾向にあります。このままではディープテックの種を生み出す人材自体が細ってしまう懸念があります。
また、せっかく生まれた大学発スタートアップも、経営をリードする人材がいなければ事業化が進みません。前節で触れた経営人材マッチングはその解決策の一つですが、中長期的にはアカデミアと産業界を自由に行き来できるキャリアパスの整備が必要でしょう。
たとえば、大学教員が一定期間スタートアップでCxO(経営幹部)を経験した後に大学に戻れる真のクロスアポイントメント制度の拡充や、逆に企業の研究員が大学の研究プロジェクトに参加して起業のシミュレーションを行える「企業版博士課程インターンシップ」のような仕組みも考えられます。
エコシステムの持続性は人材の循環にかかっています。事業会社にとっても、社内人材の研修・派遣を通じてこの循環に参加することが、自組織の将来に向けた大きなプラスとなるはずです。
最後に資金循環モデルの課題です。日本ではいまだ出口戦略(Exit)が限定的で、せっかく投資して育ててもIPOやM&Aで大きくリターンを得る例が少ない現状があります。エコシステムへの投資が回収できなければ、民間資金は長続きしません。これを打破するには、投資側の期待値を適正化すると同時に、大企業による積極的なM&AやCVCの活用で出口の受け皿を増やす必要があります。
近年、日本の大手企業もスタートアップ買収に動き始めてはいますが、まだ欧米に比べれば規模・件数とも少ないのが現状です。将来有望なディープテック企業があれば単なる取引先に留めず、戦略的M&Aの候補として社内で議論するくらいの気概が求められます。買収のみならず、ジョイントベンチャーや事業提携といった形でも構いません。大企業がスタートアップとともにExitを演出する動きが出てくれば、VCも安心して投資でき、エコシステム全体に好循環が生まれるでしょう。
次回(第4回)のテーマは、「『共創』を仕組みにする──産学連携の現場から読み解くディープテック実装の条件」です。産学連携プロジェクトの具体例を紐解きながら、ディープテックを社会実装するための条件や仕組み作りについて考察します。
