キリンホールディングスは、2035年に向けた新たな長期経営構想「Innovate2035!」の全体像を盛り込んだ「統合レポート2026」を発行した。前身の長期ビジョン「KV2027」において、長年の課題であったヘルスサイエンス事業の黒字化達成や連結事業利益の3年連続過去最高更新など確かな足跡を残した同社は、次なる成長ステージへと舵を切る。今回の構想では、酒類・飲料・ヘルスサイエンス・医薬の事業シナジーを一段と強め、「人と技術の力」を武器に生活者の行動変容を促す大型イノベーションの継続的な創出を目指す。財務面では力強いEPS(1株当たり利益)成長とPER(株価収益率)向上を掲げ、現在の約1.5倍にあたる「株式時価総額3兆円」の早期達成を投資家へ約束した。
領域のバランス化と「事業自律」への転換、経営システムもグローバル統一へ
新構想における最大の特徴は、従来の3カ年固定中期経営計画を廃止し、外部環境に機動的に対応するため「向こう3年の目標を毎年ローリングする方式」へと本格移行した点だ。
また、これまでの構造改革が一段落したことを受け、持株会社に一部残っていた機能を1〜2年で事業会社へ戻し、各事業の「自律的成長」を促す体制を敷く。
同社は2035年までに酒類、飲料・ヘルスサイエンス、医薬の3領域がバランスよく同水準の利益を構成する姿を描いており、なかでもヘルスサイエンス事業の利益規模を他事業並みの15倍程度に拡大させ、売上収益5000億円、事業利益率15%を誇る「APAC最大級のヘルスサイエンスカンパニー」の確立を狙う。
これらを支えるIT・インフラ基盤の構築も加速する。グループを包括するERP(統合基幹業務システム)として「SAP」のグローバル統一を進め、データの定義を一本化。M&Aを通じて傘下に収めたファンケルおよびブラックモアズへの導入を2028年度までに完了させ一体運営を実装するとともに、2030年度をめどに酒類などの他領域へも横展開し、経営情報の可視化と意思決定の高速化を図る。
R&Dとマーケティングの融合、AIを「役員」として実戦投入
イノベーションの源泉として、同社は「発酵・バイオテクノロジー」の技術深耕と、生活者起点を軸とした「マーケティング力」の融合を最重要視している。メーカーとしての圧倒的差別化を図るため、全体の0.8%の優れた研究者が大半の成果を生み出すとされる知見に基づき「スター研究員」の育成を強化。既存の枠組みに囚われない「フロンティア領域」の創設や、2024年に協和キリンとの合弁で立ち上げた「Cowellnex社」を通じ、腸内細菌解析サービス「MicroBio Me」といった医と食を横断する新事業の創発を進めている。
また、これらの技術を迅速に社会実装すべく、最先端デジタル技術との共創にも注力。すでに日立製作所との共同研究により10万件以上の消費者調査とビール成分データを解析し、お客様の嗜好予測モデルを開発。2026年には同社の主要ブランド「キリン 晴れ風」のリニューアルにおいて、この嗜好解析AI「FJWLA(フジワラ)」を活用した商品開発を実現させた。
さらに、経営の中枢である「グループ経営戦略会議」にはAI役員システム「CoreMate」を常駐させ、過去の膨大な議論データから客観的な論点をアジャイルに提示させるなど、人とAIが共創する最先端のガバナンス体制を構築している。
「KIRIN WAY」で現場へ主権を委譲、攻めの人的資本投資へ
「戦略を実行し、前線に出てゴールを決めるフォワードは従業員である」と語る南方健志代表取締役社長COOの方針のもと、組織風土の抜本的改革にも踏み切る。共通の価値観(3 Values)と行動指針(6 Principles)からなるグループ共通の言語「KIRIN WAY」を定め、今年度の最優先課題として国内外への浸透を推進。行動指針に掲げられた「Go to “Gemba”(ゲンバ)」に基づき、経営陣自らが現場へ赴き対話を重ねることで、リスク回避的な企業風土や多層的な承認プロセスを撤廃し、アニマルスピリッツ(非合理的な野心と豊かな感性)を持って挑戦する人財を厚くする狙いだ。
人的資本への投資成果を測る非財務目標として、国内女性経営職比率を2028年に26%(現状20%)へ引き上げるほか、生成AIの業務プロセス段階への組み込み等により、2026年中にグループ生産性を15%向上させる目標を明記した。さらに、これらの非財務活動が将来的にどのような財務価値(キャッシュ・フロー)を生み出すかについて、富士通との共同プロジェクトによる因果推論分析を開始しており、データに基づいた的確なプレ財務投資の判断ができる仕組みへと進化させていく構えだ。
社会課題を事業機会へ:ブランドアクションによるCSV経営の深化
CSV先進企業としての真価を示すため、代表ブランドを通じたコミュニティ活動も連鎖的に展開されている。ビールブランド「晴れ風」が展開する、日本の風物詩である桜や花火を未来へつなぐ「晴れ風ACTION」は、現在約300の自治体へと提携が拡大。2025年度からは桜を撮影するだけで状態をAIが自動診断する「桜AIカメラ」を導入し自治体の管理運営支援に乗り出すなど、一社では解決困難な地域課題へのアプローチを強化している。
また、売上の一部を日本各地の地域活動へ寄付する通年ビール商品「キリン グッドエール」は、2025年10月の発売からわずか4カ月で目標の7割に相当する寄付額2,800万円を突破するなど、社会課題解決を起点とした商品が収益性と生活者からの強い支持を両立できることを証明した。
環境領域では、オセアニア市場を担うグループ会社「ライオン」において、水力発電由来の低炭素アルミニウムとリサイクルアルミニウムを組み合わせた新容器の開発プロジェクト「Re-In-Can-Ation」を主導。主要ブランドのアルミ缶における再生材比率を55%から83%へと劇的に高め、カーボンフットプリント(温室効果ガス排出量)を従来比で約60%削減することに成功しており、バリューチェーン全体の強靭化とネイチャー・ポジティブ経営の双方を高い次元で実装している。
秋枝眞二郎取締役常務執行役員CFOは「2026年3月の有価証券報告書において、義務化に先駆け日本企業で初めて国際的なSSBJサステナビリティ開示基準に準拠した財務・非財務の一体開示を行った。非財務の論点をコストではなく、将来の財務成果につながる『プレ財務』の競争優位な投資として捉え、説明責任を果たしながら企業価値の最大化へ邁進していく」と強い覚悟を示した。
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