御社の新規事業、“とりあえず◯◯”になってませんか
──まずは中村さんの経歴からご紹介いただけますか。
中村陽二氏(以下、敬称略):私はキャリアのスタートとして、外資の大手コンサルティングファームに入社しました。そこでは、製造やIT、資源などの業界でM&A支援や事業再生に従事。
同社退職後には、人材・広告会社を買収し、経営者として事業再生を手がけ、その会社を売却し、売却先の取締役としてAIを活用した新規事業を売上高20億円にグロースさせ、東証グロース市場への上場も経験させていただきました。現在は事業創出支援を手がける株式会社ストラテジーキャンパスで代表取締役を務めるとともに、執筆・講演活動も行っています。
日置圭介氏(以下、敬称略):実に多様な経験を積まれていますね。私はいくつかのコンサルティングファームを回りましたが、中村さんからは「古き良きコンサル」の雰囲気を感じます。官や資本市場からの要請に対応するためのプロダクトやパッケージソリューションを売りがちな今時のスタイルではなく、クライアントと共にビジネスをゼロから築き上げるケイパビリティを売るという、良い意味でガツガツしたスタイルが感じられます。
──お二人には、中村さんが昨年9月に上梓された『インサイト中心の成長戦略』(実業之日本社。以下、本書)の内容を起点に議論を交わしていただきたいと思っています。まずは、本書の概要について中村さんからご説明いただけますか。
中村:本書は、新規事業の創出方法を3つのステップにわけて解説しています。
ステップの一つ目が、事業領域の選定です。「まずは事業の領域を定めましょう」ということですね。当たり前のことのように思えますが、実は新規事業に取り組む多くの企業が、あらかじめ領域を定めていないのが実情です。そのため、世の中の森羅万象に潜む事業の可能性を検討しなければならず、かえって画一的なアイデアに着地してしまうケースが少なくありません。
例えば、そのパターンの一つが「とりあえず◯◯」です。とりあえずAI、とりあえずヘルスケア、とりあえずサステナビリティ……、など。流行りのキーワードに流されてしまい、本来は自社に適していない事業領域を選定してしまうわけです。また、「趣味をビジネスに」もよくあるパターンです。自社の能力や意思を検討せずに新規事業を構想しようとすると、どうしても担当者の趣味に近寄っていってしまいます。結果として、自社の能力と無関係なペットやスポーツなど勝ち目のない新規事業に取り組んでしまうことがよく見られます。こうした事態に陥らないためにも、自社の能力を正確に把握したうえで、新たに進出する事業領域を選定しなければいけません。
次に、二つ目のステップが「インサイトの発見」です。本書ではインサイトを「背景知識に基づいた現象解釈による戦略」と定義しています。つまり、ある環境や市場に対する背景知識を踏まえたうえで「こうすれば勝てるのではないか」という気付きを得ることが、「インサイトの発見」です。インサイトは戦略の中核を成す概念であり、インサイトと事業の実行能力さえあれば新規事業は創出できるというのが私の考えです。
──書名にも掲げられていますが、ここでいう「インサイト」はマーケティングなどで用いられる際の意味とは異なるわけですね。
中村:そうです。マーケティングでは「人間の行動を促す心理的な急所」といった意味で用いられることが多いですが、私は競争戦略の起点となる言葉としてインサイトを用いています。