新規事業開発には「現場のブラックボックス化」が不可欠
──三つ目のステップが「事業立ち上げの遂行」ですね。これだけ少し二つと異なるように感じました。
中村:そうですね。これは本書でも紙幅を費やしていろいろと論じているのですが、極めて短くまとめると「頑張りましょう」ということです(笑)。いくら自社に能力やインサイトがあったとしても、戦略を遂行できなければ新規事業は生まれません。これは新規事業の案を承認する経営層にも求められるマインドで、市場規模やROIを評価するのは構いませんが、最終的には現場をブラックボックス化して信じて任せるしかない。精神論も取り入れながら、いかに戦略を機動的に実行するのかが、このステップでの重要なポイントです。
──ここまでの中村さんのお話について、日置さんはどのように思われましたか。
日置:非常に共感します。特に、三つ目の精神論のステップですね。私はCFOやファイナンス組織向けのアドバイザリーをご提供することが多いのですが、ファイナンスの役割とは「正しくお金を使わせること」だと考えています。これは決して、「お金の使い方を逐一コントロールするべき」という意味ではありません。
3Mの「15%ルール」ではありませんが、時間だけでなく、お金もある程度裁量を持って動かせる環境が新規事業の創出には必要です。そうした意図的なブラックボックスを設けられるだけの余力を生み出せるファイナンシャル・パフォーマンスを、全体としていかに確保するのかが、経営の仕事なのだと思います。
中村:ありがとうございます。特に、大企業のファイナンス部門は「稟議の否決屋」になってしまうことが少なくないと思います。新規事業に不確実性は付き物ですから、リスクを炙り出そうと思えばいくらでも出てきてしまう。だからこそ、新規事業に関しては計画ではなく人に対する信任投票的なスタンスで稟議を承認し、一定程度のブラックボックス化も許容するのが正しいのではないかと考えております。
日置:以前、とある大企業の方から「GoかNon-goか、最後は人で決める」という話を聞いたことがあります。新規事業が成功するか失敗するかは、結局のところわからない。ならば、「この人ならば5億円賭けられる」という人物に予算を託すのだと。もちろん、株主には蓋然性ある説明をしなければいけないのですが、最終的な意思決定の判断は人物優位で行わざるを得ないわけです。
──事業領域の選定や戦略策定はある程度フレームワークで行えるが、戦略の遂行については人それぞれの能力や経験に依存するということでしょうか。
中村:いいえ、私は事業領域の選定や戦略策定にも、個々人の素養が重要だと思っています。例えば、インサイトを発見するにしても、目の前の現象を解釈できるだけの経験や知識がなければいけません。
本書で紹介した事例でいえば、英語コーチングスクール「プログリット」を創業した岡田祥吾さんは、ご自身が英語学習で苦労した経験がありました。その経験のなかで、英語学習では主体性をもって努力することが重要であると知り、「パーソナルコーチング型の英語学習サービスを創り、誰よりも熱心に事業を継続すれば競合優位性を得られる」というインサイトを発見しました。
こうした例からもわかるとおり、事業領域を選定したり戦略を策定したりする際にも、その人物の経験や知識が問われます。逆にいえば、経験や知識の蓄積がない領域では、いくらフレームワーク通りに遂行していたとしても、勝ち筋の薄い事業になってしまうのだと思います。