顧客側から自分たちの仕事を見て、断片化を回避する
増田泰彦氏(以下、敬称略):データを取得し、そこから「お客さまに何ができるか?」を考えることはとても地道でありますが、本質的な活動だと思います。例えば世の中には、ウェブサイトのボタンの色を変えることによってコンバージョンが何%上がって売上が増加したかということをずっと繰り返していくような取り組みもあります。これはビジネス成果を上げていく1つの方法ではありますが、これだけではお客さまのことを理解するということにはつながりません。
宇田川:『企業変革のジレンマ──「構造的無能化」はなぜ起きるのか』(日経BP 日本経済新聞出版)では、企業変革が滞る一番の要因として「断片化」を挙げています。全体的な観点から自分の業務を見れば「もっとこういうことをやった方がいいな」といったことが分かるのですが、業務分掌が細かく分かれて断片化していくと、その小さな窓からしか外の世界やお客さまが見えなくなるわけです。
そうすると、「ボタンの色を変えるとコンバージョンがどれだけ上がるか」といった表層的な問題解決に終止してしまう。その結果、自分たちのやっていることに対して「何の意味があるんだ?」というモヤモヤが生じるし、経営層も「あそこは何をやってるんだ」とイライラするわけですよね。

一方で芦村さんたちは、断片化の問題をとても丁寧に避けていると感じました。それは、大方針でもある顧客起点を実践しているということです。私なりの言葉で表現すれば、対話的なプロセスで、お客さまの側から自分たちの業務を見て、それにちゃんと応答するということに取り組んでいるように見えました。
増田:確かに。
宇田川:以前、Biz/Zineの記事[2]でセオドア・レヴィットの「マーケティング近視眼(Marketing Myopia)」(1960)から、他者の視点に立って自社の存在を振り返るという話題を引用しました。レヴィットの話を私なりに解釈すると、変革には顧客という他者を媒介に自らを捉え直すという「リフレクシヴィティ(reflexivity)」が重要になると、その記事でも述べたことを思い出しました。

芦村:おっしゃる通りですね。お客さまの側から見たら自分たちそれぞれが提供しているのは1つのつながった体験なんだと捉えるようになった結果、全員でやるべきだよねという意識が出てきたように思います。
[2]やつづかえり「宇田川准教授が示す、新たな経営変革論──他者を媒介にして自らを問い直し、組織が生きる物語が変わる」(Biz/Zine、2023/01/11)