設計・開発工程こそが「製造業AI変革」の一丁目一番地
小宮昌人氏(以下、小宮):製造業におけるデータやAIの活用と言えば、自動運転や工場の自動化が注目されがちですが、私はもの作りの根幹を握る「設計・開発」工程こそが最も重要な領域だと考えています。設計・開発は製造や調達、販売といった全工程の起点であり、この最上流にデータを集約しAI駆動へ切り替えることこそが、製造業の究極の姿です。しかし現状は、エンジニアの暗黙知や図面作成の過重負荷(業務の約60%を占めるなど)、データの分断により、最上流のAI化に苦戦する企業が少なくありません。伊藤さんはどのような問題意識でこの領域に取り組まれてきたのでしょうか。
伊藤修氏(以下、伊藤):おっしゃる通りです。私は2005年に入社以来、衝突安全や歩行者保護といった量産開発の現場に長年携わってきました。衝突シミュレーションや評価の数は膨大で、早くからスマートな開発手法として機械学習などのAI活用を模索してきました。
2005年本田技研工業入社。衝突安全の基礎研究(バイオメカニクスなど)や歩行者保護性能の量産開発に約10年従事。開発プロセスのスマート化に向けて機械学習・AI技術の適用を推進し、全社的な「GenAIエキスパート制度」の企画・構築をリード。4輪の設計開発における生成AI・マルチAIエージェント活用や,サロゲートモデルの研究開発を行っていた。現在は、本田技術研究所 四輪研究開発センターでチーフエンジニアを努めている。
自動車開発の難しさは、衝突安全、NVH(振動・騒音)、空力など、多岐にわたる要求性能を高いレベルで全社合意し、一律のハードウェアとしてまとめ上げる(すり合わせる)点にあります。この合意形成や設計の初期段階に生成AIやエージェント技術を投入できれば、開発の上流で大きなジャンプアップを生み出せると確信し、研究開発を進めてきました。
Honda伝統の議論文化を再現する「マルチAIエージェント」
小宮:単一のAIにすべてを行わせるのではなく、「マルチAIエージェント」を採用された背景には何があるのでしょうか。
伊藤:実際の車両開発では、各性能の責任者がお互いをリスペクトしつつ、知見を戦わせて最適な製品を創り上げます。この開発プロセスをAIで模倣する際も、1体のAIにすべてを任せるより、役割分担を持たせた複数のエージェントをコントロールする方が精度は高まるという結果が得られました。
初期の基礎研究では、学術論文の公開データベースを参照させた専門家エージェント同士を議論させる実験を行いました。現在はさらに進み、衝突安全やNVHなどの具体的な性能担当エージェントに社内の開発ドキュメントやシミュレーション結果を参照させ、エージェント同士が「すり合わせ」を行って部品形状を自律設計する取り組みを行っています。



