技術の進化だけでは超えられない「社会実装の3つの壁」
フィジカルAIの重要性が高まる一方で、辻氏は自律型ロボットを社会になじませるためには技術の進化だけでは超えられない3つの壁があると同社の見解を語る。
1つ目の壁が「残余リスクの配分問題」である。自律的なAIロボットが状況を判断して物理世界で行動する際、万が一失敗して事故や損害を起こした場合、その責任と損失を誰が引き受けるのかというルールが定まっていない。現実世界で稼働するロボットのミスは人命や重大なセキュリティリスクに直結するが、現在の法律や保険制度では自律型ロボット固有のリスクをカバーしきれない。
辻氏は、米国で自動運転のライドシェアを展開するWaymo(ウェイモ)が、再保険大手と組んでリスクを移転し、安全性のデータを公開することで説明責任を果たしている事例を紹介した。日本においても、国や保険機関がリスクを引き受ける制度設計が求められる。
2つ目の壁は、「実装人材の不足と極端な地域偏在」である。市場規模が拡大しても、社会実装を担う専門人材の絶対量が足りていないだけでなく、その9割が東京などの都市部に偏在している。実際に労働力不足で深刻な課題を抱えているのは地方であるにもかかわらず、課題解決を担う人材が地方にいないという不均衡が発生しており、これも社会実装を阻む大きな要因となっている。
フィジカルAI成功の鍵を握る「業務の構造化」
3つの壁の中で、辻氏がフィジカルAI実装の最大の障壁として深く言及したのが、3つ目の「グラウンディング(意味づけ)不足」である。日本の製造業や物流の現場には、監視カメラなどの映像データ、すなわち物理現象の記録は豊富に存在する。しかし、それらの映像が業務として何を意味しているのかという概念とリンクしていないのが実態である。
業務の手順やルールはExcelや紙ベースのテキストで管理され、実際の物理的な動きの映像とは完全に切り離されて存在している。AIに現場の仕事を正しく理解させ、自律的に動かすためには、文章レベルの定義と映像内のどの行為を指しているのかを明確に紐付ける意味づけ、すなわちグラウンディングが必要不可欠となる。この意味づけが不足しているため、多くの現場では人間がやるべき作業とロボットに任せるべき作業の適切な切り分けができず、PoCの段階から先へ進めない状態に陥っている。
事前にルール化されたプログラムで制御できる定型的な製造ラインであれば対応可能だが、日々状況が変わる現場にフィジカルAIを導入するためには、AI自身が業務の意味を理解しながら処理しなければならない。辻氏は、「AIの概念的な能力と現場の作業実態の間にある大きな隔たりを埋め、現場の業務をAIが扱える形へと構造化・翻訳することこそが、今後のフィジカルAIの社会実装を成功させる最大の鍵になる」と語り、現場作業の可視化と意味づけの重要性を強調して会見を締めくくった。
