「Japan is finished」という言葉への危機感
Biz/Zine編集部・栗原茂(以下、栗原):まず、今回『Brand Shift』を執筆された動機や背景からお聞かせください。日本企業に対する強いメッセージが込められていると感じました。
レイ・イナモト氏(以下、イナモト):きっかけは、15年以上前に米国(アメリカ)の知人が放った「Japan is finished(日本は終わっているよね)」という言葉でした。当時は感情的に反発しましたが、2022年頃、当時の日銀総裁が「グローバルの舞台で日本企業の存在感が減っている」と嘆く姿を見て、もはや看過できない課題だと痛感したのです。かつて日本経済を支えていた「もの作り(モノづくり)」の強みが、今や足枷(あしかせ)になりつつあるのではないかという危機感がありました。
もう一つの理由は、AIに対する強いモチベーションです。「AIに負けたくない」というか、AIには絶対に出せない「知識の生産」をしてみたかったのです。今のAIは、公開情報を軸にした既知の答えを平均的な知能指数で回答することには長けています。しかし、私や研究者にはAIがアクセスできないデータが豊富にあります。
私が個人として自分の経験や考えを本としてまとめることで、日本企業に少しでも貢献し、「Make Japan Matter(日本を、世界で必要不可欠な存在に)」というミッションを果たしたいと考えました。特にここ3年ほど、経営層の間でようやく「ブランド」が語られ始めていますが、まだ多くの企業では「ブランド=広告や売上向上のための見せ方の話」という認識に留まっています。この誤解を解き、ブランドを経営の柱として再定義することが、日本企業が再び世界で戦うための第一歩になると確信しています。
スイスの高校、米ミシガン大学で美術とコンピューター・サイエンスを二重専攻。R/GA、AKQAを経て2016年にグローバル・イノベーション・ファーム「I&CO」を設立。ナイキ、アウディ、ユニクロなど世界を代表する企業のブランド戦略に従事。カンヌライオンズなど国際的な広告祭で数々のグランプリを受賞。経営とクリエイティブを繋ぐ戦略家として、コーネル大学でも教鞭を執る。著書に『Brand Shift』(2026年5月発売)がある。
「信頼による差別化」へブランドを再定義する
栗原:日本企業では、中期経営計画に財務指標は並んでも、「ブランド」が経営課題として議論されるケースはまだ少ないようです。なぜ今、ブランドの捉え方を変える必要があるのでしょうか。
イナモト:デジタル化が進み、口コミが意思決定を左右し、さらに生成AIの登場で「何が本当で本物か」が判別しづらい時代になりました。こうした環境下で、単なる「世界観」や「イメージ」といった数値化しにくい抽象的な概念だけで差別化するのは不可能です。
これまでの解釈では、ブランドとは「ある種のストーリー」とされてきました。しかし、これからのブランドの定義は、「信頼による差別化(Trust Differentiation)」であるべきです。一夜にして築けない「信頼」こそが、長い目で見た成長の源泉になります。「信頼の差別化につながる行動をとっているか」という問いは、経営層にとって避けて通れない課題です。
「強いブランド」を持つ企業は、S&P500企業の平均成長率を大きく上回る成長を見せているというデータもあります。ブランドという言葉を使わずとも、「信頼がなければ成長できない」という入り口から入れば、それは必然的に経営そのものの議論になるはずです。
