AIが解き明かす「働き方の通説」の反証
時系列因果探索モデル(VAR-LiNGAM)を用いたデータ分析により、従来の「オフィスでよく言われる通説」を覆す興味深いインサイトが次々と明らかになった。分析結果は大きく「通説の裏付け」「予想外の発見」「効かなかったこと(反証)」の3点に整理される。
第一に、確認された通説の裏付けとして、「会議の数」と「集中作業時間」の影響が挙げられる。全職種において、普段より会議の予定が3〜4本多い日は、翌日の心のコンディション(メンタル)が明確に低下することが示された。一方で、60分以上のまとまった作業時間を確保できた日は、翌日の心のコンディションが向上する傾向が確認された。
第二に、新たに判明した予想外の発見が「忙しさの正体」である。コミュニケーションツールにおいて、精神的負荷や人間関係の摩擦を引き起こしているのは送信量ではなく「受信量」であることが分かった。メールやチャットの受信数が多い日は当日の組織内人間関係(ソーシャル)の評価が下がる兆候が見られる一方、送信数が多い日の翌日は、むしろ人間関係のコンディションが改善する傾向が見られた。
「メールを送信してその日の処理を終えることで、翌日に心やスケジュールのゆとりが生まれ、周囲と良好な交流ができるというタイムラグ(時間差)が存在すると解釈できます」と大西氏は分析する。
第三に、業界内で長年信じられてきた「通説の反証」だ。分析の結果、以下の要素は組織全体のコンディション変動に対して「明確な因果関係なし(または個人差が大きすぎる)」と判定された。
- 返信スピードの早さ(コンディションではなく個人の作業スタイルの問題)
- 休憩エリアの利用(休憩エリアに行くことと、実際に休めているかは別)
- 在社時間の長さ・長時間残業(単なる時間の長さ自体はコンディションを直接動かさない)
- デジタル機器に繋がっている時間の長さ
さらに、会議についても「1回の時間の長さ」や「連続性」よりも、純粋な「会議の回数(件数)」の方が従業員のメンタルに強い負荷を与えていることが突き止められた。
データ駆動型生産性推定モデルがもたらす経営や人事施策への効果
これらのデータ分析結果を受け、イトーキの酒井美帆氏は「データ駆動型生産性推定モデル」が企業経営や人事施策にもたらす2つの大きな意義を提示した。
1つ目は「生産性向上に向けた具体的なアクションの導出」である。
従来、「社員のストレスを減らすために会議を減らそう」という一律で抽象的な呼びかけが行われがちであった。しかし、今回のデータによって「時間の長さではなく、会議の『数』が負荷になっている」「60分以上の作業ブロックがメンタルを回復させる」と判明したため、企業は「会議時間を短縮するのではなく、回数自体を減らす業務プロセスへの刷新」や「カレンダー上で1時間以上の作業枠を自動確保するルールの導入」といった、極めて具体的かつ効果的な手を打つことが可能になる。社内コミュニケーションについても、一概に発信を制限するのではなく「受信者の負担を増やさないよう情報を集約して送信する」「不要なCC指定を見直す」といった運用の最適化が導き出される。

2つ目は「従業員負担ゼロでの日常的なモニタリング」の実現である。
これまで従業員コンディションや生産性の把握は、年1回のエンゲージメントサーベイやストレスチェックに依存していた。回答にかかる時間的コストや「サーベイ疲れ」が現場の課題となっていたが、業務の中で自動的に発生するメタデータ(ログ情報)を活用することで、社員に手間をかけさせることなくリアルタイムで状態を追跡できるようになる。
イトーキは今後、この推定モデルを自社の「オフィス3.0」事業の枠組みなどを通じて顧客企業へ展開し、さらに自律型AIエージェント(エージェンティックAI)を活用した各企業の個別データに応じた最適なワークプレイスデザインへとつなげていく構えだ。フィジカル空間とデジタル空間のデータを統合し、客観的エビデンスに基づいて働き方をデザインする時代が、いよいよ本格的に幕を開けようとしている。



