なぜ顧客体験が重要なのか──「体験×ロイヤルティ×データ」が好循環するには?
ソニー損保が暴風雨の前日に送ったメールは「暴風雨で車に傷がついたら保証される可能性があるから連絡を」と呼びかけるメールだ。通常、天災は保険の対象外になることが多いため、多くの人は保障対象外だと思っているだろう。そこに、わざわざ保険会社から対象になる可能性があると伝えてくるというのは、極めて痒いところに手が届いたサービスである。顧客の状況にぴったりと合致している。
宮坂氏は、このソニー損保のメールの裏側にある事情を説明する。曰く、ソニー損保はカスタマーエクスペリエンス向上を目的としたCX推進部を設置しており、組織横断で顧客体験を高める方法を考えているのだ。
ソニー損保のようなダイレクト自動車保険は年度更新のため、経営の重要指標は「継続率をどれだけ維持するか」ということである。顧客が事故を起こした時には事故対応がよければ顧客は喜んで自動車保険を継続する。しかし、事故を起こす率は1割にも満たない。では、どうやって顧客に寄り添っていくか。それを考えた時に生まれたのが、保険対象になる旨のメールを送るという方法である。
運用面でも優れている。暴風雨の前日に、天候というリアルタイムの外部の状況を把握してメール配信をできる基盤があるからだ。
もう一つ、良い事例がある。とある花屋さんから魚住氏が受け取ったメールだ。折しも魚住氏の配偶者の誕生日は講演の翌日。その一週間前にその花屋から配偶者の誕生日を知らせるリマインドメールが届いたのだ。
もちろん、誕生日の情報を登録したのは魚住氏だ。しかし、既婚男性のうち「配偶者の誕生日を忘れてひどい目にあった」という経験をした人にとっては、そこにジョブがある。配偶者の誕生日を忘れないですませられるなら、その情報くらいは喜んで差し出すだろう。
宮坂氏はこの「自ら喜んで情報を差し出す」というところにポイントがあると指摘する。宮坂氏は最近データ活用で顧客体験を高めることに成功している複数企業に、成功の鍵はデータかと聞いたところ、予想に反して、ほとんどの企業が「データではない、顧客体験だ」と口を揃えたそうだ。顧客体験に満足しなければ、顧客がサービスに定着せず、一定数の顧客が定着しなければデータが貯まらないからだ、というのだ。
明日の売り上げのためにデータを活用するのではなく、顧客体験をいかに上げ、自社のサービスに長くとどまりたくなるようにするかという観点でデータを使い、顧客のロイヤルティを高めていくことが必要だ。そうすれば顧客は情報を喜んで差し出し、その結果、体験が向上し、顧客ロイヤルティがさらに上がっていく。このループをうまく回すことがこれからの勝者の条件なのだ。