なぜ課題解決策は“雇われない”のか ──解決策の導入を阻む4つの「障害」
先進国の都会から未成熟な国や地方に行くと、「井戸がない」「学校がない」「法律が整備されていない」「交通網がない」「警察が機能していない」など、ないものばかりに目が向いてしまうものだ。昭和の時代にも「俺ら東京さ行くだ」というヒット曲があったように、地方には東京に当然のようにあるものがない。しかし、存在しないのには理由がある。
井戸、学校、法律、交通網、警察。これらはどれも住民のジョブを解決するための手段である。この点をもう少し説明しよう。
例えば、井戸は「生活用水を安定的に使用したい」というジョブを解決し、学校は「より高給な職業に就きたい」、法律は「他の人たちともめずに、安全に暮らしたい」、交通網は「離れた土地に行きたい」、警察は「自分や家族の財産や命を守りたい」というジョブの解決策である。とても有効であるため、どこの先進国に行っても、同様のシステムがある。
しかし、井戸の例でみたように、外部から与えられた解決策は機能するとは限らない。住人がこれらの解決策を導入することを阻む、「4つの障害」を把握しておくことが重要だ。
1:能力
解決策を使用したことのない「無」消費者にとって、新しい解決策を活用するには新たな知識や訓練が必要になる。多くの「優れた」解決策は使いにくく、複雑であることから敬遠されたり、使われないということが起きてしまう。
2:金銭
お金さえあれば、導入される解決策も少なくない。価格を大きく下げることで、購入できなかった人が買えるようになれば、無消費が消費へと移行したことになる。
3:アクセス
解決策が身近に存在していないことが障害になっていることも多い。会社に1つだけしかなかったプリンターが、各オフィスへと配置されるようになると、急に利用されるようになるのはアクセス性が高まるからである。
4:時間
時間の制約があるために解決策が利用されないこともある。短時間で、あるいはいつでも利用できるような解決策は、このような障害を乗り越えて消費される。
消費者や無消費者の立場で考えると、新たな解決策を「押し付け」ととらえるか、「活用する」かどうかには、本人が現状にどれだけ不満を抱いているかが影響する。現状でも十分満足しているなら、わざわざ新たな解決策を取り入れる動機も低くなる。また、人間だれしも新たな解決策に適応するのを面倒に感じるのは既存の習慣があるためだ。