「イノベーション地区」がオープンイノベーション3.0の拠点になる
紺野登氏(以下、敬称略):「中編」では、主に鉄道事業に関するイノベーションをお伺いしましたが、ここからは東急のもう一つの本業である「まちづくり」について議論します。そこで、前提としてお話ししたいのが「イノベーション地区(Innovation Districts)」についてです。イノベーション地区とは、大学、研究機関、企業、自治体、住民などがエコシステムを形成してイノベーションを創発する地域のことで、近年、イノベーション研究者を中心に世界的に注目を集めています。
これは昨今、耳にする機会の増えた「オープンイノベーション3.0」とも響き合う概念です。オープンイノベーション1.0は企業同士の一対一の連携。オープンイノベーション2.0は、企業や大学、金融機関などの複数のプレイヤーによる連携。これらに対して、オープンイノベーション3.0は、ある特定地域を中心として複数のプレイヤーがエコシステムを形成し、イノベーション創出の過程で地域の雇用を創出したり、地域間連携を推進したりします。これは地域に根ざしたイノベーション活動のため「場に基づくイノベーション(Place-based Innovation)」とも呼ばれ、それを実践するための場がイノベーション地区といえるでしょう。
中編では、東浦さんが著書で提唱した「私鉄3.0」のビジネスモデルについて触れましたが、イノベーション地区やオープンイノベーション3.0についてはどのような印象を持っていますか。
東浦亮典氏(以下、敬称略):「私鉄3.0」と「オープンイノベーション3.0」の理論には共通する部分もあると思います。近年、それに近い事例も生まれつつある状況です。
一例としては、「渋谷QWS(キューズ)」ですね。渋谷キューズは「渋谷から世界に問いかける、可能性の交差点」をコンセプトにした会員制の共創施設です。個人、法人、自治体、大学、投資家などが各種プログラムを通じてコミュニティを形成し、イノベーション活動をはじめさまざまなプロジェクトを推進しています。渋谷キューズは非常に好評で、すでに会員の枠は満員になっているほか、人材の属性も幅広いです。大学だけでも、東京大学、東京工業大学、早稲田大学、慶應義塾大学、東京都市大学、東京藝術大学など、文理芸の垣根なく参画しています。
また渋谷のオープンイノベーションには地元自治体である渋谷区が深く関わっていることが特徴的です。例えば、2023年には渋谷区、東急、東急不動産、GMOグループが、官民連携による新会社「シブヤスタートアップス」を設立しました。シブヤスタートアップスは、渋谷に国際的スタートアップ・コミュニティを誕生させることを目的に、国内外のスタートアップ支援や育成プログラムの提供を行います。この取り組みは、渋谷区、GMOグループ、東急グループという、地元自治体と地元企業が連携してエコシステムづくりを目指している点で、オープンイノベーション3.0に近い活動だと思います。
紺野:それはイノベーション地区を実現しうる取り組みですね。
東浦:昨年末にスタートしたばかりということもあって成果はこれからなのですが、非常に面白い動きが生まれつつあります。それに加えてユニークなのが、札幌市との地域を超えた連携です。2024年2月に渋谷区と札幌市が「スタートアップエコシステム形成に関する連携協定」を締結したことをきっかけに、渋谷区と札幌市の交流が進んでいます。
渋谷は街の集積度が非常に高いのでPoCの場としてはやや敷居が高いのですが、札幌市の力を借りれば今まで以上に各種実験が行いやすくなるはずです。また、その逆に、札幌市の地域課題を渋谷キューズの人材が解決する連携も可能でしょうし、エコシステム形成はますます加速していくと思います。
紺野:都市と都市がフランチャイズするような形で連携する事例はグローバルでは急速に増えつつありますが、国内ではまだあまり例がありません。知識経済においては、知識がスピルオーバーすることで蓄積され、そこから新たな価値が増幅します。自治体間で知識共有のネットワークを築けば、さらに大きな価値を生むことができます。