事業計画のリアル:なぜ計画は「実行」されないのか
「本書で私がいちばん言いたかったことは『実行につながるか』、ただその一点です」
2006年、株式会社インスパイア入社。スタートアップへの投資実行、バリューアップに従事。スタートアップの海外事業立ち上げを経て、2011年デロイトトーマツコンサルティングに入社。ミャンマー事務所創設に従事し、現地では日系企業支援・現地政府の産業政策立案支援に携わる。2015年メディア系企業の経営企画として国内外のM&Aを主導、買収先CFOとしてPMI・管理体制構築を推進。2018年株式会社プロフィナンスを創業。経営DXプロダクト「Vividir(ビビディア)」を開発、提供するほか、企業研修・コンサルティング事業も展開。国内ビジネススクールでファイナンス科目を担当するほか、アクセラプログラム・大手企業新規事業プログラムのメンターとしても活動。
著書:『事業計画の極意』(中央経済社、2024年12月)、東京大学大学院工学系研究科修了
セミナー冒頭、木村氏は執筆動機をこう切り出した。多くの事業計画が「実行」という最重要プロセスから切り離されている現実を痛感してきたという。そして木村氏は、吉田松陰の言葉「計画なき者に実行なし」を引用し、計画が本来持つべき「人を動かす力」の重要性を説く。
「スタートアップや新規事業責任者には、事業計画はアイデア整理のツールであると同時に、投資家やステークホルダーへの“ラブレター”として相手の心を動かし、仲間を巻き込む最強のコミュニケーションツールだと伝えています」
だが、多くの現場では事業計画を「作業」として処理している。木村氏は事業計画をめぐる「よくある誤解」を指摘する。「スタートアップの支援者はよく『とにかく打席に立て』と言います。しかし、私自身も起業して痛感していますが、実際にはそんなに何度も打席には立てないのです」と。
木村氏が提示する鮮烈なメタファーが、「事業計画=打者の素振り」だ。スタートアップは資金調達時、24ヵ月(2年)分のキャッシュを確保するケースが一般的だ。一つの仮説検証に取り組むには、調査・実装・検証のサイクルだけで約半年を要する。なので、「24ヵ月は、ちょうど“4打席”分なのです」と木村氏は指摘する。プロ野球選手が1試合4~5回の打席のために何千回と素振りをするように、限られた「打席(事業機会)」で結果を出すには、圧倒的な「素振り(計画シミュレーション)」が不可欠だ。
「Excelで数字を入れた表を作って『仕事した気』になってはいけないのです。それは素振りするに至っておらず、 木の棒をバットに削り出しただけです。重要なのは、『単価を変えたら、売り方はどう変わるか』、徹底的に試行錯誤すること。これこそが“素振り”です」
事業計画という「数字遊び」に真剣に取り組め
この「素振り」の質を高めるため、木村氏は「数字遊び」を推奨。「『事業計画は数字遊びだ』と揶揄(やゆ)する人もいますが、私はむしろ『数字遊びをしましょう』と伝えています」とした。
これは、オランダの歴史家で文化哲学者であるヨハン・ホイジンガ(Johan Huizinga)が提唱した『ホモ・ルーデンス(遊ぶ人)』の概念、つまり、人間は「真剣な遊び」の中でこそ創造性を発揮するという考え方に近い。
木村氏は、「単価や集客数を変えたらどうなるかをシミュレーションすること自体が面白いはずです。この“遊び”を真剣にやることにより、事業の解像度は劇的に向上します。数字と徹底的に仲良くなってほしい」と提案。この「解像度」が、計画を実行に移す際の羅針盤となる。
では、実行につながる「良い事業計画」とは何か。これこそが、木村氏が執筆の際、最も頭を痛めた「壁」だという。「世の事業計画の解説書は『書き方』は教えてくれても、『何が良い計画』には答えてくれませんでした」と自身の経験を交えて語る。
ヒントは、意外にもコンピューターサイエンス、特に「アジャイル開発(小さく作って改善しつづける開発方式)」の思想にあった。
「事業計画とは“未来”を扱うものです。不確実性が高い中で、『ここまで考え抜いたのだから、こう進めていこう』と意思決定をするためのツールです。それはある種の“信心”に近い」
木村氏がたどり着いた「良い計画」とは「不確実性を受け入れた上で、検証と学習を繰り返し、作り直していくことを前提とした計画」である。計画は、一度作ったら終わりでなく、事業と共に常に更新され続けるものなのだ。
