川崎から「量子ネイティブ」を輩出。人起点でイノベーションを連鎖させる
寺部:これまでのエコシステムのお話を伺って痛感するのは、その成否においては「人」が重要であるということです。現在、量子人材獲得競争は激しさを増しており、「人を起点に企業が集まり、人を起点にお金が集まる」という現象が世界中で起きています。川崎市での量子人材育成については、どのような長期的な展望をお持ちですか。
福田:まさにそこが核心です。どんなに優れたハードウェアがあっても、それを使いこなし、社会実装へつなげる人がいなければ宝の持ち腐れです。慶應義塾大学の伊藤公平塾長も「とにかく研究者が足りない」と強い危機感を抱かれています。川崎市では、2022年から高校生向けの量子サマーキャンプ「Kawasaki Quantum Summer Camp」を毎年開催しています。
寺部:高校生のうちから本物の量子コンピュータに触れられる体験は、その後の人生を大きく変えそうです。
福田:本当にそう思います。驚くべきことに、第1回に参加した高校生が大学生になり、「川崎での体験をきっかけに、今は大学で量子を専攻しています」と報告に来てくれるようになりました。
かつて私がニューヨーク州のアルバニーを視察した際、イノベーション拠点のど真ん中に高校があって、研究者と高校生が日常的にカフェで議論している風景を見て衝撃を受けました。あの光景こそが私の目指す理想です。
寺部:まさに、専門家と学生がシームレスに混ざり合う環境ですね。
福田:はい。中学生、高校生、そして大学生や社会人まで、習熟度に応じた体系的なプログラムを展開し、川崎から「量子ネイティブ」を輩出していきます。人が集まれば、そこに知見が溜まり、投資が集まり、自然と企業も集まってくる。この「人」を中心とした循環が、川崎独自の力強いエコシステムを形成していくと信じています。世界をリードする人材がこの地で育ち、いつか彼らが起業家や研究者として戻ってきてくれる、そんな数十年先を見据えた物語を私たちは描いています。

行政がテストベッドに。「量子実証 川崎モデル」で未来を拓く
寺部:2025年度からは、行政が自らフィールドを提供する「量子実証 川崎モデル創出事業」もスタートしていますね。行政がここまで踏み込むのは異例ですが、日本企業に対してどのようなメッセージを込めているのでしょうか。
福田:量子技術を産業として育てるには、長期的な投資と「まず使ってみる」という挑戦が欠かせません。実社会でのユースケースが圧倒的に不足しているからこそ、本市では、行政が持つデータや屋内スポーツ施設の予約、デマンド交通の最適化といった実際のフィールドを開放し、企業とともに課題解決に挑む実証事業を始めました。
寺部:行政が自ら「失敗を許容するテストベッド」になるということですね。
福田:そのとおりです。日本には「正解を求める文化」がありますが、量子のような未踏の領域では、まず動いてみて、失敗から学ぶマインドセットが不可欠です。東芝の島田太郎社長のように、トップが「失敗してもいいから挑戦しよう」と発信し続けることが組織の文化を変えます。川崎市も同じ姿勢です。
寺部:大企業だけでなく、中小企業の参入についても期待が大きいですね。
福田:もちろんです。ものづくり企業の技術が量子計算の基幹部品に採用されているように、中小企業には大きなチャンスがあります。企業や研究者の皆さまには、この「量子実証 川崎モデル創出事業」を存分に活用し、川崎から世界を驚かせるユースケースをともに生み出していただきたい。「量子は難しい」を「量子はおもしろい」に変え、短期的なブームに流されず、腰を据えてともに未来を切り拓いていきましょう。

