既存事業のPL至上主義を脱却する「3階建て」組織
北島:最後のテーマは「会社の要件」です。成長を後押しする組織文化や制度について、どのような条件を備えるべきでしょうか。
田所:企業において新規事業が潰される最大の原因は、既存事業の論理で評価されてしまうことです。私は組織のイノベーションマネジメントを「3階建て」で説明しています。
1階は「コアビジネス」で、ここでは今期のPL(損益計算書)や予実管理が神格化され、失敗を減らして儲けることが正義です。しかし、2階は「シェアを取ること」、3階は「発見をすること」と、役割がまったく異なります。
北島:つまり、既存事業と新規事業で明確にルールを変える必要があるのですね。
田所:そのとおりです。ドラッカーも「イノベーションの仕事と既存事業は分離しなさい」と言っています。経営陣は現在のPLに最適化するだけでなく、5年後、10年後を見据え、1階と2階・3階の組織を切り離さなければなりません。配置する人材も違えば、追うべきKGIやKPIもまったく異なります。イノベーションを担う部隊を独立させ、適切な評価軸を持たせることが、会社を変える第一歩になります。
合田:業界によっても違いがあると感じています。情報通信などの業界は文化を変えやすいですが、原子力発電所を作っているような製造業の方々が過度にイノベーティブに振る舞うのはリスクをともないます。製造業におけるイノベーション推進の「最適解」は、私自身もまだ試行錯誤している段階ですが、少なくとも私が知っている中国系や米国系の成功事例には「新規事業に特化した明確な人事制度」というケースが存在しています。
経営陣にマクロな未来をどう説得するか
北島:最後に会場からの質問です。「マクロな未来予測を定量的に示し、社内の企画を通すにはどうすればよいか」というお悩みですが、いかがでしょうか。
田所:単に「市場が伸びています(CAGR)」と言うだけでは経営陣を説得できません。重要なのは「市場の歪み」と「テクノロジーのモメンタム(勢い)」を突くことです。
たとえば、リクルートのビジネスモデルは“情報弱者”がいる領域に情報を提供して市場を作りました。メルカリが成功したのも、フリマ市場そのものより「スマートフォンの普及」という強烈なモメンタムに乗ったからです。市場規模だけでなく、社会の非対称性やテクノロジーの変化がもたらす「未来の解像度」をセットで語ることが不可欠です。
合田:実務的なテクニック論で言えば、未来洞察(フォーサイト)には長年の経験が必要です。担当者にその経験がないからといって諦めるのではなく、「熱意を持って提案し、経営者の経験・直感も意思決定に活かす」というのも、一社員の戦い方としてはありだと思います。
北島:最後に一言ずつメッセージをお願いします。
田所:AIが進化する中で、人間にしかできないことは「当事者意識を持ち、責任を取ること」です。LLMには現場の暗黙知はありません。シリコンバレーのレポートを読むだけでなく、自ら現場へ行き、一次情報に触れ、まだ誰も形式化していない課題を見つけ出す。その現場の「知」こそが、皆さんの最大の武器になるはずです。
合田:私からお伝えしたいのは、「大きな事業を作れている会社は現に存在する」という事実だけです。できないのだとしたら、それはやり方や仕組みの問題です。そこに気づき、どう変えていくかは皆さん次第です。本日はありがとうございました。



