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“辺境”を自然と歩く、帰国子女の異端児―身につけた「コミュ力」、好きなことの「スキル化」

第4回:サービスデザイナー 津田賀央さん インタビュー【後編】

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「こんなところに住んでみたい」から、1年半後に移住が実現

――そもそも、津田さんが、長野県富士見町へ移住するきっかけは何だったのでしょうか。

津田賀央さん(以下、敬称略): もともと山登りが好きだったのですが、2013年夏、家族で長野県の八ヶ岳にキャンプに出かけたんです。ちょうどその頃、30代後半の実験として、働き方や住み方を変えたいと思い始めた頃でもあり、周辺の村の風景に強く惹かれました。そしたら、奥さんも「こういうとこに住みたいね」って言い出して。ただ、僕は仕事を辞められないので、「3~4年後には、そうなっていたらいいね」と、家族で理想像を話して、盛り上がっているという感じでした。

――結果的には、1年半後、移住が実現してしまいますね。

津田: 僕自身、こんなに早く引っ越すことになるとは思ってもみませんでした。長野のことはよく知らなかったので、「もし、移住することになるんだったら……」と思い描き始めてからは、候補先として松本市や佐久市なども調べていました。ただ、ちょっと都会っぽいなあと。すると、僕たちが八ヶ岳にキャンプに行った3週間後ぐらいに、雑誌『BRUTUS』で「村」特集をやっており、長野県は日本で一番、村が多いところなのだと知りました。だったら、長野県内のいろんな村を見に行ってみようと、その中で偶然見つけた原村へ出かけることに。その後、僕が原村に行ったことをフェイスブックで知った友人から、「地元の人たちと面白いことをやってる人がいるから」と紹介されたのが、原村の隣にある富士見町で活動している建築家ユニット「グランドライン」の人たちだったんです。

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