複雑系研究のたどり着く先にある、「自己組織化的臨界点」と「自動調整」
入山(早稲田大学ビジネススクール准教授):
米国では政府や軍も、様々なネットワークの基礎研究に力を入れていますよね。私たちもイノベーションとクリエイティブを追っているうちに、ネットワークの重要性に気づき、より深掘りして見るようになっています。こうしたネットワークへの興味関心の高まりは、何が原因と思われますか?
佐山(ニューヨーク州立大学ビンガムトン校 教授):
流行もあると思いますが、ネットワークが「操作されるべきチャンネル」として存在し始めたということだと思います。米国大統領選もそうだったように、ネットワークメディアの情報操作が経済や政治すらも動かす大きな影響力を持つようになりました。かつてのソーシャルメディアなどが無い時代と較べて、その登場で一気にネットワークの重要性が高まり、私たちも既に操作の影響をうけています。若年層であるミレニアル世代はバーチャルに活動の場を移しつつあり、もはやリアルとの境目を感じられません。
入山:
私と佐山さんとも、ここ数年バーチャルでしか会っていませんでしたからね(笑)。しかもそれでいて、リアルと同じほぼ密度でコミュニケーションしてきた実感すらあります。そうしたネットワークがもはや無視できないほど影響力を持ち始めたということなのでしょうね。
佐宗(biotope 代表取締役社長):
妄想レベルの話で恐縮ですが、大学時代によくわからないまでもワクワクしながら読んでいたM.ミッチェル ワールドロップの『複雑系―科学革命の震源地・サンタフェ研究所の天才たち』に書かれていたことが、今になって続々と現実のものになっているような気がするんです。リーマンショックとか、予想を覆す選挙結果とか、雪崩のように想定外のことが頻発しているのと、ネットワーク研究の「読めない極端な結果」がどこか通じているんじゃないかと。
佐山:
それはあるかもしれません。先ほど(中編記事参照)申し上げた「パーコレーション」にも“臨界”があるんです。興味深いのは、ある種の複雑系では、勝手に臨界で止まるんですよね。「自己組織的臨界状態」と呼ばれるもので、多数の要素の間に相互関係があって、それぞれが影響して絶妙な“いい感じ”のところに落ち着く。あまり良い例ではないかもしれませんが、よく言われるのが「地震」で、頻度と規模の分布をみてみると、両者の間に統計的にはありえないような非常に特殊な関係があるのがわかります。勝手に調整がかかっているんですね。
入山:
もう、地球全体そんな感じがしますよね。海流が、気流がとそれぞれが共鳴し合って、“いい感じのところ”に落ち着いている。まさに「奇跡の地球」みたいな(笑)。
佐山:
ええ、それは社会的な現象にも同様のことが起きていて、たとえばバイラルマーケティングや感染症の伝搬などでも、人々がつながりをダイナミックに変更することで、広がるか広がらないかの絶妙なところへ社会ネットワークが自動的に進化している現象が指摘されていますし、脳も細胞の間の接続の度合いによって癲癇(てんかん)から意識不明までいろいろ起こりますが、こうして私たちがロジカルにモノを考えられるのは接続度合いが“いい感じのところ”に「自動調整」されているからではないか、という説もあるんです。ただ、そのメカニズムやそれが生み出す挙動は非常に複雑で、だからこそ予測や制御が難しい部分でもあるわけですよね。
佐宗:
その予測不能なことが続いていているのは気持ち悪くて…。でも、臨界点に入っているんだと思えば、気が楽になるかな。
佐山:
「気持ち悪い」と感じるのは、前編でもお話しした還元主義的な教育の結果でしょうね。白黒つけないと気が済まない、みたいな(笑)。
佐宗:
うーん。白黒はっきりさせたいという教育の賜物か〜。精進が足りないですね(笑)。