社会人が大学院で研究する意味は「差異を作ること」
宇田川元一 准教授(以下、敬称略):「社会人が大学院に通う」というと、MBAを取得したりMOT(技術経営)を学んだりということが浮かびがちですが、僕は研究をするために大学院に通うということは社会人にとって非常に意味のあることだと思っています。というのは、研究は差異を作ることに繋がるからです。
僕の座右の書の1つは阿部謹也先生の『自分のなかに歴史をよむ』で、論文の研究テーマを決める前にその本を読んでほしいと学生や社会人院生たちに伝えています。というのは、そこに研究というものの本質があると考えるからなんですね。ももともと歴史学はどういう王がどういった制度を敷いてどうなったかを研究する体制論が主流だったのですが、阿部謹也先生は人々の暮らしはどうだったかを古文書などから分析して、新しい歴史学を確立したと言われているんです。
なぜ阿部先生がそういった研究をしたか。それは彼が子供の頃に修道院で生活していたという環境が理由の1つです。修道院で生活する中で、ヨーロッパがどういうものなのか理解したいと思うようになったのに、今までの歴史学ではどうも自分の思いに応えていないというモヤモヤを感じていたのです。それでヨーロッパに行って「暮らし」に注目した研究をするんです。
研究とは自分の抱えているモヤモヤを「解くもの」だと思われがちですが、阿部先生のようになぜモヤモヤするのかを「発見する」ことに意義があると思います。つまり、自分が感じている問題意識の中に、もう一段深い、自分の歴史の中に研究すべき課題を読んでいく。一見すると内面を掘り下げるだけのようで、我々は社会的な生き物なので、自分の歴史を紐解くと、実は社会との繋がり、研究すべき課題とのつながりが見えてくるのです。社会人学生の中には研究テーマに100年かかっても書けないような広大なものを設定したがる人がいますが、それは論点が絞れていない結果であることが多いです。自分の抱えるモヤモヤを起点に考えると、テーマは狭くなります。しかし、狭いテーマを深く深く掘っていくと、意外と広いところボコッと抜ける瞬間があるんですよね。
阿部先生の研究もまさにそれで、中世の商取引の手形という比較的小さく思えてしまうテーマを解き明かしていくのですが、そうすることで中世の人々の生きている世界が見えてくるんです。多くのビジネスパーソンが身近に学べる課題解決型の手法はどちらかというと横方向で、今の時点で表層に現れているものを広く扱いますが、研究の場合は一見狭いように見えても、深く掘っていくとさまざまな学問体系に繋がれるため、広がりが出てくるんですよね。
内田奈芳美 准教授(以下、敬称略):そうですね。本当に真剣に研究をしようと思ったら、先人が残した研究論文などをしっかり知る必要がありますし、表面で見えているものが様々な重なりによって生まれていることがわかるので、繋げて考える必要が出てきますしね。
宇田川:そうなんです。今日は内田先生、朴先生の研究をお伺いすることで、何か繋がりが見えてくるのではないかと楽しみにしていました。