“社労士”の立場から人的資本経営を支援する松井勇策氏
田中弦氏(以下、敬称略):松井さんは“社労士”という立場から、企業に人的資本経営のご支援をされているのですよね。
松井勇策氏(以下、敬称略):そうですね、ここ1年ほどで人的資本経営に関連する経営変革や組織変革の支援をさせていただく機会が増えたのですが、基本的には社労士という立ち位置です。前職はリクルートで、同社が一部上場した2014年頃、経営管理部門で雇用や人事に関する仕事に携わっていました。人的資本経営という概念の根本にある「ESG経営」という言葉は、ちょうどその頃に欧米で提唱され始めたように記憶しています。
私が「人的資本経営」という概念を認識したのは、今から2年ほど前です。当時は、まだ海外のニュースで米国の動きが少し報じられていた程度で、多くの日本企業ではESGの観点が人事領域にまで浸透していませんでした。ただ、近いうちに必ずこの概念が日本にもやってくるだろうということは感じていましたね。そこから人的資本経営に関する発信活動を始めたところ、多方面から注目していただきまして、企業からお声掛けいただくようになったという経緯があります。
田中:面白いですね。僕は最初、社労士の方が人的資本のことを積極的に発信したり、コンサルティングしたりされているというのを聞いて意外に感じたんですよね。僕の中での社労士さんといえば、「労働法のプロで、36協定や賃金交渉といった問題について相談する相手」というイメージでした。最近は、松井さんのような多方面でのお取り組みをされている社労士の方も増えているのでしょうか。
松井:人的資本の領域を扱う社労士は、まだまだ少ないと思います。ただ、従来から社労士の業務領域であった女性活躍推進法などは、完全に人的資本開示の体系が組み込まれている法律です。また、最近の経営トレンドになっている健康経営も、制度の趣旨は人的資本経営と似ていますよね。ですから、今や社労士の仕事は必然的に、人的資本経営に関わるものになっていると言えるのではないでしょうか。
田中:なるほど、松井さんのような取り組みをされている方はまだ珍しいのですね。
松井:そうですね。ただ、社労士の主な業務領域に労務監査というものがありまして、これは本質的には人的資本と密接につながるものです。その関連で、上場しようとしているスタートアップや成長中の企業の雇用環境整備について、よく相談をいただきます。
これは対応しなければ法律違反になる問題ですし、残業代を払っていなかったために利益が大幅にマイナスになってしまうといったことが発生すれば、上場要件から外れてしまうリスクがあります。
こうした理由から、単に法律を守っているかどうかの規制遵守にとどまらず、従業員の働き方のブランディングや、財務の面から人件費をどう考えればよいか、といったことまで踏み込んでお話する機会が多々あるんですよね。このあたりは、まさに人的資本経営の話と通じる部分があるところですので、今後は人的資本経営を扱う社労士もどんどん増えていくのではと予想しています。