日本企業がアクティビストの対応に苦慮する理由
──なぜ佐藤先生は「経営者は事業家であり投資家でもあるべき」という問題意識を持つようになったのでしょう。きっかけになる出来事はあったのでしょうか。
佐藤:それは私自身のキャリアに関わっています。私は今から30年ほど前に日本開発銀行(現日本政策投資銀行)に入行して、10年間ほどファイナンスの世界で仕事をしていました。その間、スタンフォード大学で数学や統計学やコンピュータサイエンスに関連する修士を取得したのですが、その際に得た知己がきっかけでマッキンゼーに転職します。
その後は20年弱ほど、マッキンゼーでエネルギー業界、素材業界、総合商社などの戦略に携わりました。先ほどから話している「原因」と「結果」の関係に着目するようになったのは、このころです。自分自身のキャリアから銀行でファイナンス、コンサルで戦略を扱ってきたのですが、日本企業ではこの戦略とファイナンスがどうもうまく使われていない。戦略は言いっぱなしになっていて、その結果がファイナンスで評価されない無責任なものになっていることが、しばしばありました。本当に価値を生んでいるのかを判断するには、事業から企業価値まで、戦略とファイナンスの両方から一気通貫で捉える視点が欠かせません。「経営者は事業家であり投資家でもあるべき」というのは、私自身がキャリアを通じて確信した教訓でもあります。
日置:しかし、日本企業では、ファイナンスは会計や財務の専門家が担うものというイメージがまだまだ根強いですよね。
佐藤:そもそもの元凶は「ファイナンス」を「金融」や「財務」と翻訳したことにあるのではないかと思っています。経営者にとっていちばん大切な分野に「コーポレートファイナンス」があります。これも「企業金融」などと訳されてきたのです。金融や財務と聞くと、どうしても専門的な知識が必要だとイメージしてしまいます。また、従来の大学のファイナンスの教員も、ファイナンスに対して数式を覚えるだけのものかのように、あるいは計算するだけの無味乾燥なものとして教えてきたことにも問題があると思います。ファイナンスは経営者が経営を語るための「言語」として活用されるものでなくてはいけません。
昨今、アクティビストへの対応に苦慮する日本企業が増えていますよね。これもファイナンス不在の経営による影響の一つでしょう。アクティビストたちが外野から「正論」を提案としてぶつけてくる。しかし、こうした提案に対しても、経営者が投資家的な視点を持ち合わせていないとうまく対応できませんから、結果として感情的な対立にも発展してしまいます。
“インターナル・アクティビスト”のススメ
日置:以前から、私は「インターナル・アクティビスト(社内アクティビスト)」を設けてはどうかと提案しているんです。社内から外部視点を持って厳しい指摘をするくらいの存在が必要なのではないかと。
佐藤:インターナル・アクティビストは素晴らしいアイデアですね。活躍するほど社内から恨まれてしまいそうな難しい立場ではありますが(笑)。しかし、日本企業がそれほどの対策が求められる状況にあるのは間違いないと思います。
日置:あと、すでに実施している企業が増えていますが、事業責任者など事業サイドの人材にも、投資家やアナリストへの対応をさせることも有効です。CEOやCFOにすべてを任せするのではなく、事業を担っている人材が、自ら投資家の前に立って説明をしましょうと。そうした環境に晒されることで、投資家的な視点やファイナンスの素養を身につけるための切っ掛けになると思います。
──逆に、事業家と投資家の側面を両立させている日本企業はあるのでしょうか。
佐藤:さまざまな企業の統合報告書を見る限り、変革を実現できている企業は、それを実践できている印象があります。
最近、素晴らしいと思ったのが、味の素です。同社では、統合報告書の中に企業価値の算定式が掲載されてたりして、その算定式に沿って、どのように成長を実現していくのかを明確な数値や目標を示して記述していました[1]。そのほか、日立製作所[2]や富士フイルム[3]の統合報告書もファイナンスの視点からの記述が充実していて、まさに教科書通りの内容だなと。
私は授業でもよく学生たちに伝えているんです。「教科書通りに経営するのが大切です」と。いつごろからか「教科書通り」というと、どこかネガティブなニュアンスが付き纏うようになりました。しかし、経営に限らず、世の中の多くのことが教科書通りに実行できていないのが実態でしょう。まずは何事も、定石を学んで、定石通りに実践してみることから始めましょうと強く訴えたいですね。
[1]味の素株式会社「ASVレポート(統合報告書)」
[2]株式会社 日立製作所「統合報告書 2023年度(2024年3月期)」
[3]富士フイルムホールディングス株式会社「富士フイルムホールディングス 統合報告書 2024」