「デザイン思考は流行りだった」で思考停止していませんか?
「デザイン思考って、結局流行で終わったんじゃないの?」
このような声を耳にする機会が増えました。
2010年代以降、多くの企業がデザイン思考を掲げ、ユーザー起点での事業開発に取り組み始めたことは、記憶に新しいのではないでしょうか。現場では、付箋を並べたワークショップやユーザーインタビュー、ペルソナ設計やカスタマージャーニーマップといった手法が一気に浸透しました。
ただ、こうした取り組みの多くは、ある種の「フレームワーク」をなぞるだけで終わってしまったというのは否めません。
私もこれまで多くのプロジェクトに関わる中で、「フレームワークとしてのデザイン」は浸透しても、「本質としてのデザイン」が活かされていないと感じる場面がたびたびありました。「型」はなぞれても、その根底にあるデザイン本来の力が理解されていないように感じるのです。
「デザインを取り入れたのに、うまくいかなかった」「結局、社内理解の壁を越えられなかった」といった声が残り、「デザインはあくまで補助的なもの」という認識に戻ってしまった企業も少なくないように思います。
ただ、デザインにはいまだに大きな期待が寄せられているのも事実です。それを象徴する動きの一つが、東京大学が2027年秋に開設予定の新学部「UTokyo College of Design」です。これは、デザインを核に据えた学士・修士一貫の革新的な教育プログラムで、東京大学の多様な学術知とデザインの方法論を融合し、複雑な社会課題に取り組む次世代のリーダーやイノベーターの育成を目指すものです。
新規事業においてデザインが担う2つの役割
ここで私が注目したいのは、デザインが「表層を整える手段」ではなく、「課題解決や価値創出のための手段」として明確に位置づけられている点です。
このデザインの力は、特に不確実性の高い「新規事業開発」の現場において、大きな原動力となります。そもそも新規事業開発とは、「正解が定まっていないもの」に取り組む営みです。過去のデータや市場の定石が通用しない状況で、「どこに届けるべき価値があるのか」を探る。その過程は、まさにデザインが得意とするフィールドと言えるでしょう。
たとえば、私たちデザイナーは「ユーザーの感情」や「日常の文脈」に寄り添うことで、まだ顕在化していないニーズを発見することを得意としています。私自身も、現場の些細な違和感に耳を傾け、そこに問いを立てることで、事業開発の方向性が大きく変わる瞬間を何度も経験してきました。
また、デザインには事業の抽象的なビジョンを、スケッチやプロトタイピングといった手段で可視化し、他者に伝える力があります。さらには、異なる専門性を持つ人々をつなぎ、共通言語をつくる役割も果たします。
こうしたデザイナーの能力は、新しい価値を生み出し、社会に届ける上で非常に重要な力であり、ビジネス上の差別化要因にもなり得ます。そしてこの力こそが、今なお「デザイン」が注目される理由だと考えています。
ビジネス環境がますます複雑かつ流動的になる中で、これからの事業開発には「論理」や「数値」だけでなく、デザイナーが持つ「問いを立て、価値を見出し、共感を育む力」が必要です。
