2030年に7兆円市場へ。医療機器業界の現在地
大角知也氏(以下、大角):最初に、LifeScan Japanの事業概要と、医療機器市場の現状についてお聞かせください。
西川勇人氏(以下、西川):LifeScan Japanは、2018年にジョンソン・エンド・ジョンソンの血糖測定器部門が独立してできた医療機器メーカーです。私自身は製薬業界に長く身を置いていましたが、2年前に代表として就任し、医療機器業界に飛び込みました。
まず医療機器市場全体ですが、日本の市場規模は約4.5兆円で、医薬品市場(約11.5兆円)に次ぐ規模です。この市場は今後さらに成長が見込まれており、2030年には7兆円、約1.6倍にまで拡大すると予測されています。 私たちがフォーカスしている糖尿病領域は、予備軍を含めると患者さんが2,000万人以上いらっしゃるため、治療を支える医療機器にとって非常に安定した市場と言えます。
大角:市場が大きく成長する背景には、何があるのでしょうか?
西川:大きな要因の一つが、異業種からの参入が非常に増えている点です。特にAIなどのテクノロジーと医療の親和性が高いことは、皆様も肌感覚でご理解いただけることと思います。
実際に、PwCが2022年に年商100億円以上の企業の事業戦略担当者を対象に行った調査[1]では、約70%がヘルスケア事業への参入を積極的に検討しており、約25%が既に参入していることが明らかになっています。このデータからも、多くの企業がこの成長市場に注目していることがわかります。
異業種から医療機器業界への参入を阻む“2つの壁”
大角:私もそのレポートは拝見しましたが、興味深いですよね。一方で、SaMD(Software as a Medical Device、サムディー/プログラム医療機器)などの分野に参入した企業の多くが、“壁”にぶつかっているという指摘もありました。異業種から医療機器業界へ参入する際の“壁”とは、具体的にどのようなものでしょうか?
西川:大きく分けて二つの壁があります。一つ目は「業界の壁」です。通常の営利企業であれば、取引先との関係は利益目標を基にしたシンプルなものです。しかし、医療の現場では患者さんの命や症状の緩和が最優先されます。製品の安全性や信頼性が何よりも重視されるのです。
そのため、新規参入企業が病院を訪問して「新しい機器が出ました」と説明しても、まず「あなたは誰ですか?」という話になります。ジョンソン・エンド・ジョンソンのような長年の信頼と実績がある企業であれば話を聞いてもらいやすいですが、聞いたことのない会社であれば、企業の信頼性そのものが最初の関門になります。「人の命」に関わるものだからこそ、安心・安全が強く求められるのです。

大角:もう一つの壁は何でしょうか?
西川: 二つ目は「人の壁」です。これは、たとえ企業のブランド力で医療従事者との面談時間をいただけたとしても、次に担当者個人が信頼されるかということです。医療従事者の方々は、診察などの合間を縫って貴重な時間を作ってくださいます。その場で担当者が医療についてまったく理解していなかったり、製品の有効性ばかりを強調して安全性に関する情報提供が不十分だったりすると、信頼を得ることはできません。
つまり、医療に向き合う上で当然必要な専門知識と、多忙な先生方が抱える臨床上の課題を的確に察知する人間力、この両方が不可欠です。企業の信頼の次に、担当者個人がパートナーとして信頼されるかという、非常に大きな壁が存在します。
大角:ビジネスの目的意識の違いが、最大の障壁になっているということですね。
西川:その通りです。私たちが日々向き合っている先生方は、目の前の患者さんの命を救い、苦しい症状を和らげたいと心から願っています。そのゴールが、一般的なビジネスのゴールとは根本的に異なっている。この違いを深く理解することが、参入の第一歩だと考えています。