“間抜け”の本質とは「シークエンスの誤り」である
栗原:「行動そのものよりも、並ぶ順番(シークエンス)が大事だ」というメッセージは、本書を貫く非常に重要な指摘ですね。
山口:そうです。コンテキストが読めない状態、いわゆる「間(ま)が悪い」状態のことを日本語で「間抜け」と言いますよね。世の中で仕事に一生懸命取り組んでいるマネージャーたちを見てみると、やっているアクションそのものが間違っている人なんてほとんどいません。みんなそれなりに正しいことをやっている。なのに上手くいかないのは、順番が変だから、つまり「間が抜けている」からです。
企業変革でもよく引き合いに出される例えですが、「ビンタしてから抱きしめればドラマ(雨降って地固まる)になるけれど、抱きしめた後でビンタしたらただの恐怖(意味不明な暴力)」になりますよね。行為の内容はまったく同じなのに、順番が逆になるだけで意味が180度変わってしまう。
リーダーシップで言えば、変革のビジョンを打ち出すタイミングが最たるものです。ジェームズ・M・クーゼスらの研究[2]が示すとおり、人は信頼していない人間のビジョンには絶対に動きません。ガースナーはIBMのCEOに就任した当初、「今のIBMにビジョンなど必要ない」と敢えて言い放ちました。まず徹底的な率先と指示命令で破綻の危機を回避し、現場や顧客との対話を通じて「信頼の貯金」を厚くしてから、満を持してビジョンを掲げた。このシークエンスが完璧だったから、巨象を踊らせることができたわけです。

[2]ジェームズ・M・クーゼス、バリー・Z・ポズナー『リーダーシップ・チャレンジ[原書第五版]』(海と月社、2014年)
クロノスを捨て、カイロスの感性を研ぎ澄ます
栗原:一方で、失敗事例として挙げられているカーリー・フィオリーナによる「HP(ヒューレット・パッカード)」の再生は、まさにその順番を誤ったと。
山口:フィオリーナは、CEOに就任する前の段階で、具体的な内容を伴わない空虚な大転換のビジョンを打ち出してしまいました。会社はまだ安定的に利益を出しており、現場に危機感もない。おまけに外部から来た彼女への信頼の土壌もできていない。そのタイミングでのビジョンの大転換は、現場をただ戸惑わせ、反発を生む結果になりました。
私たちが訓練されてきた現代社会の管理能力は、スケジュールやカレンダーで測れる定量的な時間や物理的な時間の長さ、つまり「クロノス」を管理することに偏っています。しかし、組織や社会を率いるリーダーシップの本質はそこにはありません。求められるのは、状況や人々の心情という文脈が収束し、「潮が満ちる、いま、この瞬間」を見抜く質的な時間、主観的な意味やタイミング、つまり「カイロス」を捉える感性です。
サーフィンをやる方なら直感的にわかると思いますが、「波が来た」と思ってから全力でパドルを始めても、絶対に乗り遅れてしまいます。まだ波が遠くにある段階で「あの波に乗る」と決めて動き出さないといけない。インターネットの黎明期に全振りした孫正義さんや、iPhoneをしかるべき時期まで「待って」満を持して出したスティーブ・ジョブズは、まさにこの「時代のカイロス」を捉える達人だったと言えます。日本のビジネスパーソンは、失敗を恐れるあまり、このカイロスの感覚が少し臆病になり、鈍っているのではないかと危機感を持っています。
