ソニーの復活は「場づくり」から始まった
紺野登氏(以下、敬称略):平井さんは、2012年~2018年にソニーグループ(以下、ソニー)の代表取締役社長 兼 CEOを務め、2002年以降ずっと経営危機に陥っていた同社の復活を見事に実現しました。現在、ソニーは日本有数の“イノベーションに成功した大企業”として知られています。ご自身の著書『ソニー再生』(日本経済新聞出版)で、その復活の裏には2014年にスタートした、社内での事業創出を支援するプログラム「Seed Acceleration Program(シード・アクセラレーション・プログラム/以下、SAP)」の存在があると語っていますよね。
私は、1990年代よりソニーの研究を長年行ってきたのち、2012年からJapan Innovation Network(JIN)として社外からSAPの構築に携わりました。本日は、平井さんと当時を振り返りながらSAPの誕生秘話、イノベーションの成功要因についてお話しできればと思います。
平井一夫氏(以下、敬称略):よろしくお願いいたします。
紺野:現在、多くの企業が新規事業開発などに頭を悩ませていますが、ソニーは2018年にSAPを「Sony Startup Acceleration Program(ソニー・スタートアップ・アクセラレーション・プログラム/以下、SSAP)」と改め、新規事業創出のノウハウや知見を社外に提供するまでに進化を遂げました。これは、今まさに日本企業が目指すべき、「労働集約型から知的集約型への転換/創造的で人間中心の経営」を実現した成功事例だといえるでしょう。
平井さんは、ソニーが経営危機に直面していた最中にCEOとなり、従来の経営の在り方を改革。イノベーションの土壌を整えました。当時の取り組みや成功要因について、以下5つのテーマでお話をお伺いします。
- 場づくり
- SAP
- 知の生態系
- リーダーシップ
- 組織の利権やしがらみ
まずは「場づくり」について。SAPはソニーのイノベーションを実現した偉大なプログラムですが、それ以前に“社員がイノベーションを起こせるような場づくり”を行わなければ、このプログラムは生まれなかったのではないかと考えています。なぜ、平井さんは最初に社内の場づくりに目を向けたのでしょうか。
平井:皆さんもご存じのとおり、ソニーは2002年~2013年にかけて深刻な株価の低迷に直面しました。メディアのニュースでも連日ネガティブな報道がなされ、世間からは「最近ソニーらしい良い製品がずっと出てきませんよね」と言われてしまう始末。そんな環境下で仕事をしている社員たちも、不安や怒り、モチベーションの低下などに苦しんでいました。
そこで、まずは負のスパイラルに陥っている組織全体のマインドセットを変えようと考えたのです。「困難な時こそ、クリエイティブでなければならない」「リスクを背負ってでも、新しいことにどんどん挑戦してこの状況を打開しよう」というマインドが全社に伝わって、初めてイノベーションを起こすための具体的な取り組みに臨めるのではないでしょうか。