「日本企業のDX」の現在地
吉原弘峰氏(以下、敬称略):西山さんが『DXの思考法』を2021年4月に上梓されてから、1年半以上経ちました。現在の日本企業におけるDXの状況を、西山さんはどのようにご覧になっていますか?
西山圭太氏(以下、敬称略):書籍を出した2021年4月の時点では、「2022年になったらもう誰もDXの話なんてしていない」と言う人もいましたが、持続的に活動が行われていますね。その意味で日本企業でも随分DXが浸透してきたように思います。
デジタル技術の場合は、「使いこなしているかいないかがよくわからない」ということが起きず、ユーザーの使い方の巧拙は可視化されてしまいます。かつ、コロナ禍によって、大企業も行政も明らかに使いこなしていないという状況が見えてしまいました。すべての組織が「やらなきゃいけない」という状況に置かれています。
多くの人はデジタル技術を“ツール”だと言いますが、私はツールではないと考えています。フォークで和食を食べても、和食自体は変わらないように、ツールはモノ自体に影響を与えるものではありません。しかし、デジタル技術は、それを使うことで“中身”が変わっていくのが特徴です。つまり、DXはビジネスそのものを変えるということです。その意味まで含めてDXができているかと言えば、まだまだだと思います。
「モノからコトへ」という潮流は正しいのですが、データの連携ということだけに着目してしまうと、たとえば「冷蔵庫の前に立つとお風呂の給湯状態がわかる」という発想に行きがちです。しかし、お風呂の状態を知りたいなら、冷蔵庫の前にわざわざ立つなんてことはせず、直接浴室に見に行った方がいいですよね。DXとは、冷蔵庫とお風呂自体の機能を変えることで価値を生み出すことです。データ化をしたり、PoCをやったりすることは進んでいますが、製品やサービスの機能そのものを変えるという点はまだまだですね。修正はあってもいいから、数手先を想定してDXを進めるべきです。
DXに必要な“横割り”の発想とは
吉原:弊社STANDARDは企業のDX推進支援を行う際、現場から出てきた課題を基点としてDXプロジェクトを立ち上げるべきだと提唱しています。ただ、「お風呂の状態と連携した冷蔵庫」の例もあるように、メーカーは「データ活用して新たな機能を追加する方が、売り上げが見込める」という発想になりがちです。経済合理性とDXの関係を、西山さんはどうお考えでしょうか。
西山:課題からDXを考えることはすばらしいと思いますが、それに加えて「新しい課題を見つける」ことが必要だと思っています。残念ながら日本企業は、後者が得意ではないですね。その理由として、自社の業種や自身の部署に縛られて発想が“縦割り”になってしまっていることが挙げられます。本来、課題解決は“横割り”で考えなければならないのですが。
ウィーン出身の都市計画家・建築家のクリストファー・アレグザンダーは「都市計画は“横割り”で作るべき」と主張しています。「都市計画」というと、鉄道、バス、地下鉄など、交通事業者ごとに縦割りで考えがちですが、利用者の観点で考えると、「ラッシュアワーの混雑」をどうにかしてほしい、というのは横割りでしか解決できません。「移動」という“横割り”で検討すべきですよね。実際、マップアプリで経路をお勧めする場合、あらゆる事業者を横断したルートを提案していますよね。DXではこのような“横割り”の発想が必要ですし、そもそもデジタル技術を使うと必ず横割りのソリューションになるはずなんです。それを行うためには、まずは自社の社員が働く上で困っている課題に注目してソリューションを作ってみるのがいいでしょう。社員は一番身近なユーザーなはずで、自身に照らし合わせた忌憚のない意見をくれるはずです。
吉原:データを使ったビジネスソリューションについて「プラットフォーマーには勝てない」という声をよく耳にします。また、既存の事業を守りながらソリューションを考えると、“横割り”の発想はなかなか難しいですよね。
西山:GAFAなどグローバル規模のプラットフォーマーに対抗する必要はないと思うんですよね。たとえば旭鉄工は、自社で開発した製造システムをまったく違う業種の企業に販売しています。大企業で生産管理の業務も経験した木村哲也氏が、社長就任を機に、IoT活用で生産の仕組みを大きく変えました。この変革は社内の課題解決からスタートしており、スタート時点では業界での標準化は目的としていません。
業界での標準化まで先に考えると、競合他社や第三者とも調整しなければならず、主導権争いもあって時間がかかってしまうし、調整を経て無難なものになってしまいがちです。そうではなく、自社の課題を解決するためのソリューションが他社に展開できそうであれば事業化するという順序の方が、早く拡大できますよね。