多様な事業の時間軸や特性の違いを乗り越えるには
社内発明評価が外部の客観データと高い相関を持つことが証明されたものの、同社のようなコングロマリット企業において、もう一つの大きな壁が立ちはだかる。それは、「事業部ごとの時間軸や特性の違い」である。たとえば、数年先までの製品ライフサイクルを見据える半導体関連の先端事業と、10年以上のスパンで社会実装を目指す基礎研究部門の成果を、同じ物差しで一律に評価することは現実的ではない。
通常であれば、全社一律の基準を無理に適用し、長期的な基礎研究の評価が低くなってしまうといった歪みが生じがちである。この課題に対して、同社が導入した工夫が「プラットフォームのレトロフィット(個別最適化)」という思想だ。
「我々は、社内発明評価の『4つの軸』という共通の思想やプラットフォームは全社で絶対に崩しません。事業間での比較可能性を担保するためです。ただし、各軸の具体的な『物差しのしきい値』については、事業特性に合わせて個別に最適化(レトロフィット)をかけています」(髙栁氏)
「(1)自社実施」という軸であれば、先端事業では『2〜3年後までの実施可能性』を問うのに対し、基礎研究では『10年後までの社会実装ストーリー』が書けているかを評価する。また、「(4)市場要求」についても、直近の顧客課題なのか、10年先の社会課題なのかで閾値を分ける。プラットフォームとしての4軸を固定しつつ、事業ごとの「真の事業貢献度」を相対的なスコアとして算出できるようにしたことで、多様な業態間での確実な比較や議論が可能になったのである。
経営層の言語に翻訳して対話する「知財ガバナンス」の実践
知財ROICという強力な指標を手にしたことで、知財部門の社内における立ち位置は劇的に変化した。髙栁氏は、同社のコーポレートガバナンス体制の特徴として、広範な業務執行権限が執行役に委任されている指名委員会等設置会社であることを挙げる。社長のみが取締役を兼務し、監督と執行が明確に分離されているため、知財戦略を機能させるためには「取締役会以上に、各事業の責任を持つ執行役(カンパニープレジデント)とのコミュニケーションをしっかり取ることが重要である」という。
現在、知財部門は各事業カンパニーのプレジデントや技術幹部、そして最高技術責任者(CTO)らと、四半期(クオーター)ごとに個別の定例会を実施している。この場において、知財ROICは単なる業務進捗報告ではなく、経営トップと議論を行うための「定例テーマ」として定着している。
「知財ROICは、単なる知財業務の効率化や自己満足のためのツールではありません。経営層や事業トップが普段使っている財務や投資対効果の言語(ROIC)に合わせて、知財活動の成果を翻訳して提示する。これによって、はじめて対等な目線で経営層と直接議論ができる『経営対話ツール』として活用できるようになるのです」(髙栁氏)
