なぜAI時代の新規事業は「一度使われて終わる」のか──ビービットに学ぶ、持続可能な「地形」のUX戦略
ゲスト:ビービット 取締役 COO 藤井保文氏、執行役員 平井剛直氏、廣橋沙紀氏
マルチステークホルダー時代の体験設計──「画面」ではなく「地形」をデザインする
大久保:新規事業を考える際、どうしても「エンドユーザー(Customer側)にとって便利か」という視点に偏りがちですが、現代のビジネスは多様なステークホルダーが関わっていますよね。
平井:そうですね。たとえばUber Eatsのようなフードデリバリービジネスには、主に「生活者(注文者)」「飲食店」「配達員」「プラットフォーム」という4つのステークホルダーが存在します。生活者の利便性だけを夢いっぱいに描いても、店舗の調理オペレーションが逼迫したり、配達員が安定して稼げず疲弊したりすれば、エコシステム全体が破綻してしまいます。
書籍でも紹介した配車サービスの「Gojek」も同様です。ユーザー(Customer側)には「暑い中歩かずにすぐバイクを呼べる」という利便性がありますが、それを支えているのは実際に走るドライバー(Business側)です。Customer側の体験だけを夢いっぱいに描いても、現場を支える運営側が儲からない、あるいは働きにくい状態であれば、事業は破綻して絵に描いた餅になります。
大久保:「働く側の体験」も、同時にデザインしなければ選ばれるUXは実現できないのですね。
平井:働く側も人間ですから、「以前よりも仕事がしやすい」「誠実に働くことが報われる」という体験が同時に担保されて初めて、持続性の高い事業になります。ユーザーとステークホルダーのレイヤーをかみ合わせることこそが、デザインの真骨頂なのです。
大久保:働く側の体験に焦点を当てるというのは、見落とされがちな視点だと感じます。
藤井:本来はとても当たり前のことなんです。中国でフードデリバリーサービスを提供する「美団(Meituan)」も、一般ユーザーへの価値提供と同時に、店舗側のオペレーション負担を減らし経営を支える仕組みを両立させたからこそ、社会インフラになりました。裏側のステークホルダーの体験設計を抜きにして、持続可能なプラットフォームはつくれません。
人の行動を変えるカギは「地形」の書き換えにある
大久保:書籍の中で、そうした環境づくりの本質を「顧客の行動は『地形』を書き直すことで変わっていく」と表現されています。この「地形」というメタファーにはどのような意味が込められているのでしょうか。
平井:人の行動を変えたいとき、言葉で説得したり「頑張れ」と言い聞かせたりしても、ほとんど効果はありません。ノーベル経済学賞を受賞したハーバート・サイモンが「蟻の軌跡の複雑さは、蟻自身よりも海岸線という環境の複雑さを映している」[※1]と述べたように、人間の行動も内面だけでなく、置かれている「環境の形」に大きく左右されます。「なぜその行動をとってしまうのか」を理解するためには、環境に目を向ける必要があるのです。
道が広ければ人は自然とその道を選びますし、段差だらけの歩きにくい道は無意識に避けますよね。ボールが坂道を転がり落ちるように、人は環境の傾きに沿って動きます。ただ、その環境の傾きの多くは目に見えません。サービスの画面、店舗のオペレーション、評価や報酬の仕組みなどが、いくつも折り重なって生まれているからです。その重なり全体を、私たちは「地形」と呼んでいます。意志の力やモラルに頼るのではなく、この重なりを書き換えていく。それが私たちの言う「地形」のデザインです。
※1 ハーバート・A・サイモン『システムの科学[第3版]』(稲葉元吉・吉原英樹訳、パーソナルメディア、1999年)
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