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実践フェーズの人的資本経営

慶應琴坂准教授と語る、経営学と人的資本──損得勘定でも多様性が求められる理由、束ねるリーダーの役割 

【前編】ゲスト:慶應義塾大学 総合政策学部 准教授 琴坂将広氏

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旧来の日本企業にもあった実力主義の評価システム

田中弦氏(以下、敬称略):今日はまず、旧来の日本企業の経営と人的資本経営は相性が悪かったのではないかという点から、先生にお伺いしたいです。

 今までの日本企業では、新卒一括採用の人たちをローテーションでグルグル動かして、全員を幹部候補生として扱うのが一般的でした。「君、そろそろ4年目だね。次は北海道に行っておこうか?」といったように、会社都合で社員のキャリアをコントロールし、個人のモチベーションはそれほど考慮されていなかったように思います。それと人的資本経営の概念はかなり相性が悪いように思うのですが、どう見ていらっしゃいますか。

琴坂将広氏(以下、敬称略):『日本のメリトクラシー 増補版: 構造と心性』(竹内洋、東京大学出版会)という本になっている、とても有名な研究があります。研究対象となったのは日本の大手企業ですが、1960年代に同期で新卒入社した社員が、その後どのようなキャリアを経たのか、一定期間、追跡しています。

田中:よくそんなデータを入手できましたね。

琴坂:その本に書かれている研究によれば、新卒一括採用で年功序列というのは入社10年から15年くらいで終わります。しかも、その間にも暗黙の選別や評価がなされていており、長期間の実力、実績、その他の評価の結果として、いわゆる「同期の出世頭」がはっきりとすることで、ようやく結果が分かるという仕組みです。

 つまり、40歳頃から先は完全にメリトクラシー(実力主義)の世界で、上る人は上がるし、頭打ちになる人も出てくる。明確に差がつく世界だったようです。

田中:なるほど。

琴坂:よって、昔の日本企業でも能力や成果で評価する人事が存在したということです。ただ、それはピラミッドの比較的に上の方が中心でした。

 ここ最近、特に直近10年くらいでデジタル化が進展したことにより、逆に現場現物がより重要となっています。自動化できるような簡単な仕事は急速になくなっており、選抜と評価をより現場に近いところで始めなければならなくなったのは確かでしょう。

 例えば、議事録をとる人という役割がAIに置き換わるのが象徴的ですね。そういう中で、確かに日本的経営とはミスマッチかもしれないけれど実は存在していた成果主義や実力主義が、ピラミッドの上の方だけでなく下へと広がってきていると見ています。

田中:それは新しい見方ですね。

琴坂:もうひとつ、80年代まではコンプライアンスとかハラスメントといった概念が日本に限らず世界的にも弱かったのですが、特に日本ではゴルフや飲み会といった非公式な場での評価が頻繁に行われていました。無駄は多いけれど、やり取りの回数や密度によって、充分な人的資本の評価ができていた可能性もあります。そもそも、超長期の時間軸で評価と育成、さらには意思決定者の合意形成をしていたので、もちろん問題も多かったですが、それほど的外れではない結果に繋がっていたと思われます。

 それが今では、コンプライアンスという文脈でもダイバーシティという文脈でも、そのような時間をかけた属人的な評価は困難となってきています。そういうものがなくても人的資本の評価ができるようにしていかなければならない、というのも日本企業の現状の課題だと感じています。

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やつづかえり(ヤツヅカエリ)

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