膨大な「数字のバージョン管理」と「差異分析」という経営管理のリアル
栗原:大企業で一番多い「経営管理型」の実務において、実際に現場の担当者はどのような作業に時間を費やしているのでしょうか。
植西:実際の業務の半分以上は、実績値の「要素分解」と「数字のバージョン管理」に費やされています。財務会計の損益計算書(P/L)から上がってくる売上高や売上原価、販管費などの数字を横に並べ、予算や見込みとの差異を分析します。たとえば、売上高であれば「数量のブレ(数量差)」なのか「単価のブレ(価格差)」なのかをロジックツリーに分解していくわけです。
さらにややこしいのは、比較すべき数字の「メッシュ(切り口)」がたくさんある点です。「前年度実績と今年度実績の比較」だけでなく、「当初予算と現在の見込みの比較」「第2クォーター発表時の予想と第3クォーター時点の修正予想の比較」など、あらゆる公表数値との整合性を保たなければなりません。この膨大なバージョン管理と決算用のウォーターフォールチャート(滝グラフ)の作成に、多くのリソースが割かれているのが実態です。
1985年埼玉県生まれ。一橋大学商学部卒業後、2007年4月から住友化学株式会社にて経営企画・管理会計・設備投資意思決定業務などを担当。工場在籍中に公認会計士試験に合格。その後、新日本有限責任監査法人にて製造業/飲食/商社などの複数業界の会計監査・内部統制監査業務を経験。ボストン・コンサルティング・グループ(BCG)でM&A/中長期経営計画立案/オペレーション改善などの経営コンサルティング業務に従事。2018年2月からは株式会社プレースホルダ(現 株式会社リトプラ)にて、取締役(CFO)に就任し上場準備を牽引。現在は、自身の広範な実務経験を活かし、中小企業やベンチャー、スタートアップ企業などへのバックオフィス支援業務やAI導入コーディネートを積極的に行っている。YouTubeチャンネル「NEXTバックオフィス研究所」も好評配信中。
栗原:最近は経営管理・管理会計ツールの導入や、生成AIの活用も進んでいますが、これで実務は一変するものでしょうか。
植西:システムやAIが進化し、標準機能として「何月何日時点の予想」といったバージョン管理やデータ収集を自動でカバーしてくれる領域は確実に増えています。しかし、ツールはあくまでツールです。
KPIマネジメントにおいて最も重要なのは、「その数値が本当に会社にとってKey(重要度が高い)なものなのか」を常に問い続けることです。「論理的に矛盾がないように分解すること」「現場の意思決定や改善判断に意味のある分解にすること」という設計自体は、その会社のビジネスモデルを理解している人間、その中でも経営管理に携わる人間にしかできません。
なぜ「バランスシート(B/S)」の理解が必須なのか
栗原:AIやSaaSツールが当たり前になり、「仕訳」や「データ加工」といった定型実務が自動化される中で、「そもそも簿記の知識は必要なのか」という議論もあります。これについてはどうお考えですか。
植西:結論から言うと、貸借の概念、つまり「複式簿記の概念」を知ることは、AI時代であっても絶対に外せないマストの基礎スキルです。なぜなら、企業の本当の「企業価値」は、P/L(損益計算書)ではなく、B/S(貸借対照表)をベースに作られるからです。
多くのビジネスパーソンは生活感覚に近い「売り上げがいくら」「利益がいくら」というP/Lばかりを見てしまいますが、株式市場や投資家が見ているのは「どれだけアセット(資産)を積み上げ、それをどう活用してファイナンス能力を高めているか」というバランスシートの構造です。
栗原:複式簿記の概念がないと、経営計画の数字を正しく扱えないのですね。
植西:そのとおりです。複式簿記の概念が頭に入っていないと、すべての思考が「現金主義」に陥ってしまいます。取引の二面性を「貸方(Credit)」と「借方(Debit)」に分けてバランスして記録するからこそ、財務三表の連動性がつかめます。設備投資(販売予算・生産計画に紐づく固定資産投資)を行ったら、それが一度B/Sの資産になり、減価償却というプロセスを経て将来のP/Lの経費として回収されていくという時間的な連動性ですね。
中長期の経営構想や中期経営計画を作る実務に直面したとき、この概念がわからないと、無駄にキャッシュや減価償却費が意味のわからない動きをして必ず壁にぶち当たります。経営企画は経理ではないので、自分で仕訳を切る必要はありませんが、「P/L・B/S・C/Fの三表連動」をExcelや経営管理SaaSツールなどでシミュレーションして体感できるレベルの会計素養(簿記3級〜2級程度)は、経営を語る上で絶対に外せない教養です。
