外部指標「Patent Asset Index」を活用した投資家との共通言語
知財経営の推進は、財務成果のみならず「無形資産の価値」そのものの向上としても証明されている。アシックスが自社の特許ポートフォリオの客観的な評価軸として採用しているのが、LexisNexis社が提供する「Patent Asset Index(PAI:パテントアセットインデックス)」である。
ビジネスのグローバル拡大とともに戦略的な権利化を拡充した結果、2018年の数値を「1」とした場合の同社のPAIは、2025年には2.63倍へと伸長。売り上げの順調な成長曲線と、特許ポートフォリオの競争力向上を示すPAIのグラフが見事な相関関係を描いていることが可視化された。
同社はこの定量的データを社内に閉じ込めることなく、統合報告書や決算補足説明資料を通じて積極的に外部へ開示している。かつては「特許の保有件数」という単純な量(ボリューム)のみの提示に留まり、投資家との建設的な対話に知財の情報を活かしきれていなかったという課題意識があったが、客観的な第三者指標を導入したことで開示の質は劇的に進化した。
計算手法が明確なグローバル指標の開示は、国内外の投資家やアナリストとの「共通言語」として強力に機能しており、「2026年 第2回 知財・無形資産ガバナンス表彰」での最優秀賞受賞といった外部からの高い評価にもつながっている。
模倣品対策におけるAIの活用、これからの知財投資
一方で、ブランド価値の持続的な向上において避けて通れないのが、グローバル市場における「模倣品対策」である。BtoCビジネスを展開する同社にとって、象徴である「アシックスストライプ」などを悪用した偽製品の流通は、ブランド価値を直接毀損する死活問題に他ならない。
近年では、単なるデッドコピーに留まらず、巧妙にデザインの類似を主張する悪質な事例も増えている。これに対し、アシックスの知財部門は現地の警察や各国のエンフォースメント(法執行)機関と直接連携し、権利侵害者には毅然とした態度を貫いてきた。
近年のオンラインにおける模倣品対策で絶大な威力を発揮しているのがデジタル技術の導入である。世界中のECサイトやSNS上に溢れる膨大な違法出品の監視・検出にAIツールを本格導入したことで、2025年には50万件以上の違法出品や詐欺サイトの削除に成功した。人間の手作業では到底カバーしきれない規模の防衛戦を、テクノロジーの力で勝利に導いた好例と言える。
講演の締めくくりとして、堀込氏は今後の知財開示における発展的な課題を提示した。単に現状の強みを示すだけでなく、「競合他社との相対的なポートフォリオ比較」や、「将来に向けた知財投資が、どのような因果パス(ストーリー)を経てさらなる事業成長や収益性向上に結びつくのか」という関連性の深掘りである。
「正月の学生駅伝シェア0%」という最大の危機から、サイエンスの追求と組織一丸となった知財経営によって奇跡のV字回復を遂げたアシックス。同社が歩んできた道のりは、知財をコーポレートの「手続き」としてではなく、経営と事業をドライブする「最高の戦略武器」として位置づけることの重要性を、これ以上ない説得力で示している。

