事業縮小の危機を「隣接領域へのシフト」と「リスキリング」で乗り切る
佐藤:今、AIの浸透などにより事業や製品が丸ごとなくなるリスクが高まっています。米国の大手企業では何千人という規模の解雇が起きていますが、日本の長寿企業はそうした危機に直面した際、人材をどのようにリスキリングして活かしてきたのでしょうか。
島地(東レ):事業を縮小するとしても、研究・技術・生産のそれぞれの現場には“人”がいます。ただ私たちは、高分子化学や微細加工といった「根っこの技術」がつながったところで商売をしており、飛び地が少ないのが特徴です。そのため、ある人にとっては大きなジャンプになるケースもありますが、基本的には隣接領域へ人を移していくことで乗り切ってきました。大きく飛んでしまうとリスキリングも非常に大変ですが、技術的な共通項があるからこそ人材を活用し続けられているのだと思います。
佐藤:同じく技術に強みを持つ企業であるDNPはいかがですか。明らかに紙の印刷市場は縮小していますが、人材をどう活かしているのでしょうか。
杉田(DNP):弊社の社長も「社員一人ひとりの存在と成長が強みの源泉」と語っており、事業ポートフォリオの組み替えに合わせて成長分野へ人材をシフトするのを基本としています。具体例を挙げると、縮小傾向にある出版関連で原稿を作っていたオペレーター約50名をリスキリングし、これから伸びるXRコンテンツの技術者として再教育しました。実際に彼らは、大阪・関西万博の日本館の「バーチャルパビリオン」を受注し、すべて完結させてくれています。また、紙のグラビア印刷の担当者を、比較的親和性が高く成長分野であるバッテリーパウチの製造へシフトさせるなど、人材を最大限活かしながら事業構造の変化に柔軟に対応しています。
激動の時代でも決して変えない「経営理念とブランド」という基軸
佐藤:続いて「変化させなかったもの」について伺います。調査結果では社是・社訓・経営理念がトップでしたが、東レは何を変えなかったのでしょうか。
島地(東レ):まさしく理念の部分で、特に「人」と「社会」というキーワードです。弊社は1926年に創業し、1928年の時点で中卒の従業員に高等教育を授けるための学校を工場敷地内に作っています。また、1955年には当時の経営者が「東洋レーヨンは社会に奉仕する」と掲げました。その後も歴代の経営者が「人はバランスシートに乗らない資産だ」「企業の盛衰は人が制する」と語り継いでおり、人が基本だという根っこの部分は、時流に乗って変えるのではなく、じっくり取り組むべき不変の課題だと社内でも認識されています。
佐藤:サッポロビールは何を変えなかったのでしょうか。地域との結びつきへのこだわりについても教えてください。
武内(サッポロビール):創業時の想いである「開拓者精神」と、社名にも入っているサッポロという「ブランド」です。1876年の開拓使麦酒醸造所から、「日本人のためのビールを作ろう」と今までにないものを作る想いは、現在の経営理念にも入っています。また、サッポロやヱビスといった「町の名を冠したブランド」を持っていることは他社にはない誇りです。地域やコミュニティと共生し、お客様とともに作ってきたブランドの個性と物語は、これからも決して変えずに進化させていくDNAだと思っています。
杉田(DNP):弊社が変えなかったものは大きく三つあります。一つは、前身である秀英舎が掲げた「文明の益」という志です。印刷を通じて人々の知識を広め文化に貢献するという想いは、現在の「未来のあたりまえをつくる。」というブランドステートメントにも引き継がれています。二つ目は、多様な事業を展開してもすべて出版印刷で培ったコア技術の応用であり「事業の軸足に印刷技術がある」こと。そして三つ目が、製品やサービスは変えても「絶えず挑戦し続ける姿勢」です。これらはこれからも大切にしていきます。



