ERPは導入後から始まる。グローバル標準のファイナンス組織への変革
池側千絵氏(以下、池側):多くの日本企業では、経理財務や経営企画の延長線上でFP&A組織を作ろうと模索していますが、実態は予算管理・報告プロセスの高度化に取り組んでいるところで、成果を出すのはこれからというのが実情です。実質的なCFOが存在しない企業も少なくありません。その中で、アステラス製薬の取り組みは非常に先進的だと感じています。まず、これまでのファイナンス組織の変革の歴史についてお聞かせください。
北村淳氏(以下、北村):当社の事業における日本の売上高比率は15%程度で、残りは海外です。つまり事業の主戦場はグローバルにあります。イノベーションの中心地もボストンやサンフランシスコ、中国など多岐にわたります。そのため、強力なパフォーマンスを発揮するには、グローバル全体を網羅する堅牢な財務計画と規律が不可欠です。
2005年の2社統合(山之内製薬と藤沢薬品工業の合併)当初から、欧米の各リージョンが独立して管理を行う「地域のフットプリントによる帝国モデル」でした。それを約5年前に、リージョン単位からグローバル標準を作る「グローバルコントロール・グローバルファンクションモデル」へと移行させました。基幹システムとしてSAPを導入し、共通の計画ツールも取り入れました。
しかし、私が3年前にCFOとして着任した際、構造はできていたものの内部には課題が残っていました。グローバル標準と言いつつも地域ごとに分析手法やコストセンターの定義が異なり、社内に「異なる数字のセット」が複数存在していたのです。そのため、分析手法の再標準化、データの階層構造の一貫性確保、そして「コア営業利益率30%達成」に向けた具体的なアクションの明確化に集中して取り組みました。現在では、今後5年間の累積利益目標(R&D費控除前コア営業利益 累計4.3兆円以上)や資本配分について、質の高い議論ができる環境が整っています。
プロクター・アンド・ギャンブル(P&G)にてキャリアをスタートし、主にビジネスファイナンスに従事。その後、TNTエクスプレスにてバックオフィスやオペレーション改善を統括。すかいらーくホールディングスにてターンアラウンドおよびIPO(新規上場)を推進し、上場後にCFOに就任。パイオニア株式会社でCFOとしてターンアラウンドに取り組んだ後、2021年アステラス製薬に入社し、現職。複数企業でのCFO経験とグローバルビジネスファイナンスの深い知見を持つ。
池側:単にシステムを入れるだけでなく、運用や基準の「一貫性」を徹底されたわけですね。
Jacqueline Pua氏(以下、ジャック):おっしゃるとおりです。SAPは単なるツールに過ぎず、それを動かすためのプロセス設計やデータガバナンスが鍵となります。以前は全社(Enterprise)レベルと現場レベルで管理会計上のP/Lの階層構造が一致しておらず、「なぜ違う数字を見ているのか」というノイズが発生していました。
そこで過去18ヵ月間、アステラス全体で管理会計データの整合性向上を目的としたデータ構造整理グローバルプロジェクトを推進し、標準化された管理会計データ構造を今年4月1日に無事稼働しました。財務会計に引き続き管理会計の指標も一段と整理されたことで、現在では経営陣から現場までが同じデータに基づいて「明日何をするべきか」を議論ができる土台が整いました。
スイスの半導体装置メーカーの経理部門で約10年間のキャリアを積んだ後、FP&A分野へ転向。半導体および製薬業界において20年以上のFP&A実績を有する。8年前にシンガポールでアステラス製薬に入社後、中国赴任や国際市場(International Markets)のコマーシャル・ファイナンス・リードを歴任。現在は全社統合(Enterprise Finance)のヘッドとして、日本本社に赴任し、全社計画・キャピタルアロケーション・経営意思決定支援を統括。
経理部員からFP&Aへの転換──不確実性をマネジメントするマインドセット
池側:ジャックさんは元々スイスの半導体装置メーカーで経理担当としてキャリアをスタートし、その後FP&Aへ転向されたとお聞きしました。日本の多くの企業では「経理出身者をどうやってFP&A人材に育てるか」で悩んでいます。会計のプロフェッショナルからFP&Aへのキャリアチェンジにおけるポイントは何でしょうか。
ジャック:経理部員としての確かな知識(P/LやB/Sの理解)は非常に強力な武器になります。ただ、FP&Aへ転換するためには「マインドセットの切り替え」が不可欠です。
経理の仕事は「今日(過去)のP/L」を正確に締め、コンプライアンスや確定した事実を扱うことです。一方、FP&Aの醍醐味は「今日」の先、つまり「未来の意思決定」に影響を与えることにあります。未来を扱う以上、100%完璧な予測など不可能です。大切なのは「不確実性や変化を受け入れ、それをマネジメントすること」を楽しめるかどうかです。
北村:世の中には「確定した帳簿を締めること」を好む人と、「不確実な未来に対して80〜90%の正しさで迅速にチームを動かすこと」を好む人がいます。FP&Aはビジネス価値の創出を目的としており、数字を単に追うだけでなく、優れたコミュニケーションとコラボレーションを通じてステークホルダーへ影響を与えなければなりません。この違いを理解し、マインドセットをシフトさせることが重要な分かれ道となります。



